世界最古の「5000年前の剣」が修道院で普通に展示されていたことが判明(2020)
「この剣がどうやって聖ラザロ島に納められることになったのか」という疑問を解き明かすために、ダルアルメリーナ氏は同修道院の保管文書の研究を行っているセラフィノ・ジャモーリアン神父に調査を依頼。ジャモーリアン神父は、同修道院に残された書簡から、オスマン帝国の著名建築家だったYervant Khorasandjianが1886年8月か9月頃にかつて同修道院に所属していたゲヴォン・アリシャン神父に問題の剣を贈ったことを突き止めたとのこと。アリシャン神父は、1901年に同修道院で亡くなった人物です。 さらなる調査の結果、このアリシャン神父はパリのカトリック・ムヒタル会派の神学校で1800年代後半に校長を勤めていたことが判明。この結果から、ジャモーリアン神父は「同校を卒業したKhorasandjianが、感謝の意を示すためにアリシャン神父に問題の剣を贈った」と推測しています。 Khorasandjianがどのようにして剣を手に入れたかは不明ですが、ジャモーリアン神父はKhorasandjianが著名な建築家だったことから、「オスマン帝国国内で建築プロジェクトに携わっていたときに、問題の剣が偶然出土したのでは」と考えているとのこと。以下の画像で、左側の人物がジャモーリアン神父、右側がダルアルメリーナ氏。 ダルアルメリーナ氏の指導教官を務めたカフォスカリ大学のエレナ・ロヴァ教授は、「問題の剣が儀式用のものか死亡時に埋葬される副葬品だと考えられます」とコメント。ロヴァ教授は、当時アルメリアでは貴族階級の戦士が増えつつあり、それゆえに剣は武力と権威の象徴として人気があったと解説しました。.
「この剣がどうやって聖ラザロ島に納められることになったのか」という疑問を解き明かすために、ダルアルメリーナ氏は同修道院の保管文書の研究を行っているセラフィノ・ジャモーリアン神父に調査を依頼。ジャモーリアン神父は、同修道院に残された書簡から、オスマン帝国の著名建築家だったYervant Khorasandjianが1886年8月か9月頃にかつて同修道院に所属していたゲヴォン・アリシャン神父に問題の剣を贈ったことを突き止めたとのこと。アリシャン神父は、1901年に同修道院で亡くなった人物です。 さらなる調査の結果、このアリシャン神父はパリのカトリック・ムヒタル会派の神学校で1800年代後半に校長を勤めていたことが判明。この結果から、ジャモーリアン神父は「同校を卒業したKhorasandjianが、感謝の意を示すためにアリシャン神父に問題の剣を贈った」と推測しています。 Khorasandjianがどのようにして剣を手に入れたかは不明ですが、ジャモーリアン神父はKhorasandjianが著名な建築家だったことから、「オスマン帝国国内で建築プロジェクトに携わっていたときに、問題の剣が偶然出土したのでは」と考えているとのこと。以下の画像で、左側の人物がジャモーリアン神父、右側がダルアルメリーナ氏。 ダルアルメリーナ氏の指導教官を務めたカフォスカリ大学のエレナ・ロヴァ教授は、「問題の剣が儀式用のものか死亡時に埋葬される副葬品だと考えられます」とコメント。ロヴァ教授は、当時アルメリアでは貴族階級の戦士が増えつつあり、それゆえに剣は武力と権威の象徴として人気があったと解説しました。
