「10年前、この辺りは分厚い氷で覆われていた」。海氷域航海の専門家が指さした先には、溶けかけのシャーベットのような海氷がぽつりぽつりと浮いているだけだった。世界で最も速く温暖化が進む北極では、既に生態系や人々の生活に変化が起き始めた。それは、日本がそう遠くない未来に直面する現実でもある。北極は何を教えるのか。第3部では、北極からもたらされる環境変化を探る。 「地球を救う猶予はあと2年」。国連気候
変動枠組み条約のスティル事務局長は4月、地球温暖化の進行に警鐘を鳴らし、各国に一層の対策を呼び掛けた。気温上昇に歯止めをかけるには、2025年までに温室効果ガス排出量をピークアウトさせる必要があるとされるが、削減の動きは鈍い。世界各地では異常な熱波に加え、豪雨や豪雪、森林火災が頻発するなど「気候崩壊」が加速。専門家は、北極の温暖化がその一因と指摘している。世界気象機関(WMO)は、昨年の世界の平均気温が観測史上最も高かったと発表した。今年も気温上昇は止まらない。欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」によれば、北半球の夏に当たる6~8月の世界の平均気温は、観測史上最高を更新。サウジアラビア西部のイスラム教聖地メッカでは6月に50度を超え、巡礼者1300人以上が熱中症で死亡した。大雨の被害も深刻だ。中国では5~8月に洪水や土砂崩れが相次ぎ、多数の死者が出た。ブラジルやアフリカでも豪雨が発生し、死者は数百人単位に上る。温室効果ガス排出が主要因の温暖化は、地球全体を冷やす「ラジエーター(冷却装置)」の役割を担う北極の雪氷減少によって加速している。国立極地研究所は、今年の
北極が温暖化すれば偏西風の蛇行幅が大きくなるとされる。偏西風が南に蛇行した地域では、北極域からの寒気流入によって大寒波が襲来。反対に北に蛇行した地域では、南からの暖かい空気が流れ込み熱波をもたらす。新潟大の本田明治教授は、蛇行が強まることで上空に発生する低気圧「寒冷渦」が大気の状態を不安定にし、豪雨などの異常気象を引き起こすと説明する。 異常高温に伴う大気の乾燥で、ロシア・シベリアなどでは森林火災が頻発している。東京大先端科学技術研究センターの中村尚教授は、火災で発生した微粒子が北極に降り注ぐことで雪氷の融解を招き、さらに温暖化を進行させる悪循環を生み出していると分析する。15年に採択された温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は、世界平均気温の上昇幅を産業革命前比で1・5度以内に抑える目標を設定。しかし、コペルニクス気候変動サービスによれば、23年には1.48度と、パリ協定の上限に迫った。国連のグテレス事務総長は「われわれは気候崩壊の真っただ中にいる」と警告する。
中村教授によると、北極の海氷減少速度はこのところ鈍化している。ただ、現在は「さらに温暖化が進む前の移行期」とみて、再び減少に転じる可能性があるとも予想する。国連気候変動枠組み条約のフィゲレス元事務局長は「30年までに取る行動が、人類と地球の未来を左右する。それ以降だと手遅れになる」と強い危機感を示していた。
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