初対面で「このババア、ジジイ」…半世紀続く人情味あふれる番組 カルチャー
「番組が始まったのは、1969年10月6日、午前10時半」。アポロ11号が月面着陸したのと同じ年のことをまるで昨日のことのようにすらすらと話す毒蝮。「マイクを持つ手が震え、秋なのに汗をだらだらかいていた」と振り返る。初回放送は企業からのオファーがあるわけもなく、番組スタッフの親戚を頼り、東京都板橋区の自動車部品の下請け工場へ行ったという。 スタジオ内での収録が基本だった当時、外での取材をメインに据えた同番組は新しかった。さらに当時は「外で中継している時、スタジオ内は休憩」が当たり前。スタジオと取材先をつないで、会話をしながら番組を進めるという、今では当たり前のスタイルも珍しかった。 毒蝮が「ジジイ」「ババア」などと親しみを込めて毒舌を利かせるのが、番組の大きな魅力の一つだが、番組開始当初は、意外にも敬語で丁寧に取材を行っていた。今のスタイルになったのは1973年。毒蝮の母親が他界したことがきっかけだ。番組を数日休み、仕事に復帰した矢先に母と同年代の女性と出会った。 「このババア元気だな!」。懐かしさ、さみしさ、色々な感情が混ざり合い、普段使っている下町言葉が自然と口をついた。「お袋のこともタヌキババアって呼んでたんだよ。下町じゃ、『おばあさん』なんて呼んでも振り向いてもらえないからね」と笑う。.
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