総裁選勝利後、政策を次々と軌道修正している石破茂首相。その変化は、現実路線への転換か、それとも支持者からの期待に応えるための対応か?政治家の理想主義と現実主義の間で揺れる石破首相の姿が浮き彫りになる。
自民党総裁選に勝利した後から、それまで掲げていた政策を矢継ぎ早に軌道修正している石破茂首相。「最後の挑戦」とした5度目の総裁選でようやく勝利を勝ち取ったわりには、どこまで総理大臣になることを想定して準備していたのかは甚だ疑問である。政治家は理想主義者であってもいいが、首相になったら現実主義であるべきだ。石破首相がそのように目覚めたのであれば歓迎するが、長年染みついた党内野党、非主流派体質を脱皮して現実路線を取り続けることができるのか。さまざまな言葉で批判されている石破首相。解散・総選挙の日程と日銀の金利引き上げについては明確に総裁選中とは発言が変わった。「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」と日米地位協定改定についても、総裁選ではあれだけ力を込めていたが、臨時国会での所信表明演説で言及はなかった。いずれも、良い修正である。 自身の認識の誤りや理解不足があったことを認めて、軌道修正しているのだとすれば、決して悪いことではない。誤りがわかっていながら修正しない方がよほどタチが悪い。石破氏も実際に首相官邸の住人になってみて、近隣の議員会館や国会議事堂から見る風景とはいろいろな意味で異なることがわかったはずだ、と思いたい。 首相になってみて実感したのは情報量ではないだろうか。また、政府の政策の良しあしは別として、政府の決定・判断には背景と理由がある。政府には政策の継続性も求められる。変更する場合は相応の理由が必要だ。これら一切合切の事情を突き付けられれば、持論を引っ込めざるを得なかったとしてもおかしくない。 一方で総理大臣にもなれば、多少の勘違いも芽生える。「俺は首相なんだ」という勘違いだ。修正することへのハードルが高くなってもおかしくないが、石破氏にはまだそのあたりの抵抗心が薄いのか、いとも簡単に変わった。「石破さんは信念を貫く人だったということで支持されたんでしょ。ところが、総裁に選出された後、早々に発言を翻したわけです。石破さんに投票した国会議員や自民党員はどう考えているのか…」 石破氏は安倍晋三元首相を批判したことから「後ろから弾を撃つ」と言われてきた。「党内野党」として冷や飯を食べてきた期間が長かったせいか、さまざまな事案に関する石破氏の認識は「アップデートされていない」(政府関係者)との指摘がある。例えば、防衛省は防衛大臣経験者に対して事あるごとに「ご説明」にあがるというおかしな慣習があるが、石破氏に説明をしても〝説教〟で返されたことが度々あったと聞く。こうだから、「ご説明」の内容が薄くなるのも自然だろう。ほかの省庁とのパイプも細いようだ。 現時点で、石破首相は国会で官僚が準備した紙を読む安全運転に徹しているが、総選挙になれば自分の言葉で語る場面は増える。安全保障を得意分野と自負するだけに、持論のアジア版NATOや日米地位協定改定などがまたぞろ口をついて出てきかねない。選挙演説のように高揚した時が最も危うい。総選挙期間中に総理になってからとは違う論を展開すれば、一体何なんだ、となって国会は紛糾するだろうし、総選挙後の党内の不安定化は必至だろう。こうした中、4日付産経新聞朝刊の1面トップに「石破首相 『北に連絡事務所』意向伝達」の見出しで記事が掲載された。首相が2日午後に家族会側に電話し、北朝鮮による日本人拉致問題の解決に向け、「東京と平壌に連絡事務所の開設を検討するという自らの考えを拉致被害者家族会側に説明し、理解を求めたことが分かった」というものだ。「救う会」会長の西岡力・麗澤大学特任教授によると、「首相は連絡事務所について家族会に理解を求めようとしたのではない」(国家基本問題研究所HPの7日付「今週の直言」から)。また、産経報道の日の夜に開かれた集会で、横田拓也さんが「石破首相が家族会に連絡事務所の設置や合同調査委員会の設置を説得の形で伝えたという報道は正確でない。首相から電話をもらったので、こちらの側から家族会が設置に賛成していないことを伝えた」(同)と話したという。 同僚記者の書いた記事についてこのような形で言及することには躊(ちゅう)躇(ちょ)がある。だが、拉致問題は人命がかかっている機微なテーマだ。一つの報道が想像もつかないおかしな方向に発展することは過去もあったし、これからもあり得る。丁寧な取材の上での報道が不可欠であるだけに、あえて指摘させてもらった。 なぜここで言及したかといえば、この記事が書かれた背景は把握していないが、大前提として、石破氏がかねて主張してきた連絡事務所設置に対する懸念が報じる側にもある。石破氏の周りには「日朝国交正常化推進議員連盟」(衛藤征士郎会長)に所属する議員が多く、とりわけ首相と岩屋毅外相、中谷元防衛相がメンバーだけに、北朝鮮と接近するがために拉致問題をないがしろにするのではないかとの懸念を持たれても無理はない。今年2月、日朝議連は総会を開き、岸田文雄首相(当時)の早期訪朝を求める決議を取りまとめたが、国民民主党の玉木雄一郎代表らが決議案の内容を問題視したことで大幅修正したことが明らかになっている。 西岡氏の報告にもあるように、今回、首相は自ら事務所設置に言及したわけではなく、理解を求めたわけでもない。首相になって北朝鮮や拉致問題に関する情報に接して、トーンダウンさせているのかもしれないが、油断できない。石破氏のホームページには「私の政策」として、「北朝鮮による拉致問題は、東京と平壌に連絡所を開設し、政府の主体的取組で解決をめざします」が残る。なお、岸田前首相の最大の欠点は説明不足だったことを指摘しておく。良い政策を打っても、国民に伝わらなければ評価につながらない。 石破氏が総裁選で掲げた政策の中で評価できたのは、自衛官の処遇改善を掲げたことだ。これについては、首相が8日の参院本会議の代表質問で関係閣僚会議を設置し、月内に初会合を開く方針を表明した。会議では手当の改善もさることながら、現役自衛官が自衛隊病院以外で診療を受けても全額無料とすることを検討してもらいたい。さらにいえば、退官後も医療費を免除にすることは現役自衛官にも安心感を与える。 総裁選の決選投票前の演説で石破氏は「日本を守りたい。国民を守りたい」と連呼した。そして、所信表明演説では自衛官を「防衛力の最大の基盤」と表現した。その自衛官に最も不人気な防衛相経験者として知られるのが石破首相だ。豹変するついでに、自衛官からの自身の評価も変えさせてはどうだろうか。.
自民党総裁選に勝利した後から、それまで掲げていた政策を矢継ぎ早に軌道修正している石破茂首相。「最後の挑戦」とした5度目の総裁選でようやく勝利を勝ち取ったわりには、どこまで総理大臣になることを想定して準備していたのかは甚だ疑問である。政治家は理想主義者であってもいいが、首相になったら現実主義であるべきだ。石破首相がそのように目覚めたのであれば歓迎するが、長年染みついた党内野党、非主流派体質を脱皮して現実路線を取り続けることができるのか。さまざまな言葉で批判されている石破首相。解散・総選挙の日程と日銀の金利引き上げについては明確に総裁選中とは発言が変わった。「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」と日米地位協定改定についても、総裁選ではあれだけ力を込めていたが、臨時国会での所信表明演説で言及はなかった。いずれも、良い修正である。 自身の認識の誤りや理解不足があったことを認めて、軌道修正しているのだとすれば、決して悪いことではない。誤りがわかっていながら修正しない方がよほどタチが悪い。石破氏も実際に首相官邸の住人になってみて、近隣の議員会館や国会議事堂から見る風景とはいろいろな意味で異なることがわかったはずだ、と思いたい。 首相になってみて実感したのは情報量ではないだろうか。また、政府の政策の良しあしは別として、政府の決定・判断には背景と理由がある。政府には政策の継続性も求められる。変更する場合は相応の理由が必要だ。これら一切合切の事情を突き付けられれば、持論を引っ込めざるを得なかったとしてもおかしくない。 一方で総理大臣にもなれば、多少の勘違いも芽生える。「俺は首相なんだ」という勘違いだ。修正することへのハードルが高くなってもおかしくないが、石破氏にはまだそのあたりの抵抗心が薄いのか、いとも簡単に変わった。「石破さんは信念を貫く人だったということで支持されたんでしょ。ところが、総裁に選出された後、早々に発言を翻したわけです。石破さんに投票した国会議員や自民党員はどう考えているのか…」 石破氏は安倍晋三元首相を批判したことから「後ろから弾を撃つ」と言われてきた。「党内野党」として冷や飯を食べてきた期間が長かったせいか、さまざまな事案に関する石破氏の認識は「アップデートされていない」(政府関係者)との指摘がある。例えば、防衛省は防衛大臣経験者に対して事あるごとに「ご説明」にあがるというおかしな慣習があるが、石破氏に説明をしても〝説教〟で返されたことが度々あったと聞く。こうだから、「ご説明」の内容が薄くなるのも自然だろう。ほかの省庁とのパイプも細いようだ。 現時点で、石破首相は国会で官僚が準備した紙を読む安全運転に徹しているが、総選挙になれば自分の言葉で語る場面は増える。安全保障を得意分野と自負するだけに、持論のアジア版NATOや日米地位協定改定などがまたぞろ口をついて出てきかねない。選挙演説のように高揚した時が最も危うい。総選挙期間中に総理になってからとは違う論を展開すれば、一体何なんだ、となって国会は紛糾するだろうし、総選挙後の党内の不安定化は必至だろう。こうした中、4日付産経新聞朝刊の1面トップに「石破首相 『北に連絡事務所』意向伝達」の見出しで記事が掲載された。首相が2日午後に家族会側に電話し、北朝鮮による日本人拉致問題の解決に向け、「東京と平壌に連絡事務所の開設を検討するという自らの考えを拉致被害者家族会側に説明し、理解を求めたことが分かった」というものだ。「救う会」会長の西岡力・麗澤大学特任教授によると、「首相は連絡事務所について家族会に理解を求めようとしたのではない」(国家基本問題研究所HPの7日付「今週の直言」から)。また、産経報道の日の夜に開かれた集会で、横田拓也さんが「石破首相が家族会に連絡事務所の設置や合同調査委員会の設置を説得の形で伝えたという報道は正確でない。首相から電話をもらったので、こちらの側から家族会が設置に賛成していないことを伝えた」(同)と話したという。 同僚記者の書いた記事についてこのような形で言及することには躊(ちゅう)躇(ちょ)がある。だが、拉致問題は人命がかかっている機微なテーマだ。一つの報道が想像もつかないおかしな方向に発展することは過去もあったし、これからもあり得る。丁寧な取材の上での報道が不可欠であるだけに、あえて指摘させてもらった。 なぜここで言及したかといえば、この記事が書かれた背景は把握していないが、大前提として、石破氏がかねて主張してきた連絡事務所設置に対する懸念が報じる側にもある。石破氏の周りには「日朝国交正常化推進議員連盟」(衛藤征士郎会長)に所属する議員が多く、とりわけ首相と岩屋毅外相、中谷元防衛相がメンバーだけに、北朝鮮と接近するがために拉致問題をないがしろにするのではないかとの懸念を持たれても無理はない。今年2月、日朝議連は総会を開き、岸田文雄首相(当時)の早期訪朝を求める決議を取りまとめたが、国民民主党の玉木雄一郎代表らが決議案の内容を問題視したことで大幅修正したことが明らかになっている。 西岡氏の報告にもあるように、今回、首相は自ら事務所設置に言及したわけではなく、理解を求めたわけでもない。首相になって北朝鮮や拉致問題に関する情報に接して、トーンダウンさせているのかもしれないが、油断できない。石破氏のホームページには「私の政策」として、「北朝鮮による拉致問題は、東京と平壌に連絡所を開設し、政府の主体的取組で解決をめざします」が残る。なお、岸田前首相の最大の欠点は説明不足だったことを指摘しておく。良い政策を打っても、国民に伝わらなければ評価につながらない。 石破氏が総裁選で掲げた政策の中で評価できたのは、自衛官の処遇改善を掲げたことだ。これについては、首相が8日の参院本会議の代表質問で関係閣僚会議を設置し、月内に初会合を開く方針を表明した。会議では手当の改善もさることながら、現役自衛官が自衛隊病院以外で診療を受けても全額無料とすることを検討してもらいたい。さらにいえば、退官後も医療費を免除にすることは現役自衛官にも安心感を与える。 総裁選の決選投票前の演説で石破氏は「日本を守りたい。国民を守りたい」と連呼した。そして、所信表明演説では自衛官を「防衛力の最大の基盤」と表現した。その自衛官に最も不人気な防衛相経験者として知られるのが石破首相だ。豹変するついでに、自衛官からの自身の評価も変えさせてはどうだろうか。
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