昨年の夏カナダで発生した山火事の煙が、米東部のアトピー性皮膚炎の増加と関連している可能性を示す論文が12月に発表された。著者のひとりである医師は、大気汚染は気候変動により悪化しており、皮膚疾患の急増も気候変動の影響のひとつなのだと語る。
昨年の6月、カナダのケベック州では山火事が連続して発生した。その結果、北米全体が鼻をつく煙に覆われることになった。そのころ、カナダから400km以上離れたボストンでは、皮膚科医のシャディ・コウロシュがとある異変を感じていた。「皮膚科の受診者がものすごく増えました」と、マサチューセッツ総合病院皮膚科の地域保健部長であり、ハーバード大学医学大学院の助教授でもあるコウロシュは話す。 いつもであれば冬にしか問題にならなかった湿疹の発症や皮膚の痒みを訴える患者が、夏の真っ盛りに彼女のクリニックを訪れるようになった。ニューヨークやデトロイトなどほかの北米都市と同様、ボストンは山火事によって平均以上の大気汚染に見舞われた。これが人々の肌に影響を与えたのではないか、とコウロシュは考えている。 大気汚染と皮膚炎の相関関係 それを証明するため、彼女のチームは米国環境保護庁からボストンの大気中の浮遊粒子状物質と一酸化炭素の濃度に関する5年分のデータを入手し、マサチューセッツ州最大の病院グループであるMass General Brigham病院のシステムにある匿名化された患者記録と照らし合わせた。 その結果、大気汚染のレベルとアトピー性皮膚炎(最も一般的な湿疹)の病院受診との間に相関関係があることがわかった。2022年6月、ボストンの一酸化炭素の濃度は0.
2ppm未満でアトピー性皮膚炎や湿疹でクリニックを受診した人は20人を下回っていた。23年6月の山火事が発生中していたころには、一酸化炭素濃度は3倍の0.6ppmとなっており、皮膚科受診者は160人に増加していたた。 皮膚に影響を与えるのは、山火事のような重大な現象だけでない。自動車や産業界からの日常的な汚染も影響している。2021年、中国の研究チームは大気汚染の基準値が高いことと、広州の子どもたちの湿疹などの症状との間に関連があることを発見した。 「これら大気汚染物質の多くが皮膚を刺激します」と、コウロシュは説明する。皮膚に汚染物質が接触することで炎症を引き起こし、肌の老化を早める原因となる。「湿疹のある人は肌のバリア機能が弱く、傷つきやすくなっています。そのため汚染物質がより深く浸透し、免疫系を刺激してしまうのです」と彼女は話す。これが皮膚炎を引き起こし、彼女が気づいたクリニック来院者数の急増を説明しているのだ。 多くの健康問題とつながる皮膚疾患 大気汚染は、ぜんそくや肺がん、糖尿病や肥満に至るまで、多くの健康問題に関連している。そう言った意味では、皮膚の問題は取るに足りないことに思えるかもしれないが、軽く見るべきではない。世界の人口の99%以上が、世界保健機関(WHO)のガイドラインを越える大気汚染レベルの地域に住んでいる。そしてアトピー性皮膚炎のような重度の皮膚疾患は、患者を著しく衰弱させることがあるのだ。 「確かに、皮膚疾患は直ちに命を奪うものではありませんが、重度になるとクオリティ・オブ・ライフ(生活の質、QOL)がひどく下がるでしょう」と、英国皮膚科学会のカーステン・フローは話す。「特に幼少期から湿疹に悩まされている場合、睡眠障害はまるで拷問です。決して正しい体のリズムを確立することができず、不安、抑うつ、引きこもりなどにも密接に関わっています」 小児期に皮膚症状として始まったものが、「アレルギー・マーチ」と呼ばれる症状を経て、食物アレルギーやぜんそくへと急速に進行することがある。大気汚染は、免疫系を過敏な状態にすることで、ほかのアレルゲンに対してより敏感にさせると考えられている。「大気汚染物質は皮膚を『こじ開ける』ようなもので、皮膚の免疫系と外部環境を触れさせやすくするのです」とフローは話す。「大気汚染物質は化学反応の触媒のような役割をします」 気候変動が人体に与える影響 防御策として最善なのは、「理想を言えばスイスやオーストラリアのアルプスの農場に住むこと」だとフローは言うが、現実的ではないだろう。では、大気汚染のひどい街や山火事の煙が流入しやすい地域に住む人々はどのように身を守ればいいのだろうか。 2023年の山火事の間、ニューヨーク市当局は煙による呼吸器症状を避けるため、屋内にとどまりマスクを着用するよう勧告した。皮膚にも同様の対処が当てはまる。「物理的に防御することが有効です」とコウロシュは話す。大気汚染が急増している地域にいる場合、マスクや手足を覆う衣服が役立つだろう。 日常的な対策として、コウロシュは家庭用の空気清浄機のほか、空気中の汚染物質が直接肌に触れにないようにするために、肌にバリアをつくる酸化チタンや酸化亜鉛入りのミネラル日焼け止めの使用を勧めている。洗浄をしっかりすることも大切だという。「夜、すべて洗い流したあとに無香料・低刺激性の保湿剤を塗れば、肌が夜の間に回復するのを助けてくれます」 ただ、公衆衛生学を専門とするコウロシュが政府に訴えているのは、輸送関連の排ガスを減らす政策を採用し、猛暑で深刻化する山火事を緩和する措置を講じ、都市部の大気汚染を減らすことだ。「今回の論文は、気候変動が人間の健康に与える影響についてのものなのです」 (WIRED US/Translation by Maki Nishikawa/Edit by Mamiko Nakano) ※『WIRED』による大気汚染の関連記事はこちら。 Related Articles アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集。詳細はこちら。
