▶️「受付嬢は30歳まで」の現実。「若いお母さん」に憧れた少女はなぜ起業家を目指したのか【RECEPTIONIST CEO・橋本真里子2】
トランスコスモスの受付は、女性ばかり約10人の大所帯。「先輩たちはみんなプライドを持って働いていて、刺激をたくさんもらいました。その後のキャリアを大きく左右する初職として、これ以上ない良い職場でした」と、橋本は振り返る。 受付は、外から見えるほど優雅な仕事ではない。特に来客の多い10時~14時ごろ、各時間の00分前後の受付は、橋本が「テロ」に例える忙しさだ。約束に遅れまいといらだつ訪問客、予約していない会議室を使わせろと迫る社員らの声を同時並行で聞きながら、来客を担当者に取り次ぎ、面会室に案内し、お茶を出して片付けて……と「耐え忍び、ひたすらさばいていく」(橋本)。見えない場所では、ハイヒールで走り回ることもある。 豪雨だろうが大雪だろうが、常に時間通り出社しブースにいなければならない。先輩たちがいかなる時も、一糸乱れぬ髪型とメイクで背筋を伸ばして受付に立つ姿に、橋本は「プロ意識」を感じた。橋本自身も「パニックにならずいい意味でポーカーフェイスを保てるよう、表情が鍛えられました」と振り返る。「才色兼備できりっと業務をこなし、社員の無茶な要望には『やってあげた方が楽だけれど本人のためにならないし、ここで無理を通すと、後でチームのみんなも迷惑する』と毅然と断る。それでいてオフの時間はキュートで、受付の女性みんなに好かれていました」冨田によると、受付志望の女性の中には、面接の時に「意外と厳しい仕事ですよ」といくら念を押しても、「座ってニコニコしていればいい」という甘い気持ちで入って来る子たちもいる。こうした女性たちはすぐに離職してしまうため、人の入れ替わりも激しいという。また、気性が激しい子が来客への不満を顔に出してしまい、クレームを招くこともある。派遣切りを経験。受付嬢の選手生命は短い 橋本はその後、USEN、ミクシィ、GMOインターネットとIT系の職場を渡り歩き、受付のメンバーをまとめるリーダーも務めた。USENでは、東京ミッドタウン移転直後のオープニングスタッフだったため、受付のシフトや会議室の使用手順なども、リーダーである橋本が、一から作る必要があったという。また同社では、グループにある芸能事務所所属の女性たちがアルバイトで加わったため、彼女たちと本職の受付スタッフをまとめるのに苦心した。 「本職はタレントであるアルバイトの子たちとプロの意識に差があるのは、ある意味当然です。リーダーとして誰よりも多くの仕事をこなし、『それほど言うなら、やってみてくださいよ』という不満を封じることで、どうにかチームを回すことができました」 ミクシィでは「派遣切り」に遭遇した。2人体制の小規模な受付で居心地もよく、3年半勤務したが、同社の収益悪化によって雇い止めに。この時「これ以上(受付で仕事を続けるの)は、無理かな」と、漠然とした不安を感じた。 橋本は就職の直後から「受付嬢の選手生命は短い」と、先行きをシビアに見ていた。当時はほとんどの募集要項に「第二新卒から30歳まで」という年齢制限が記載され、「応募の段階から、現場での限界を伝えられている気がした」からだ。現場の声聞かない内製受付システムに疑問「受付嬢」として最後の職場となったGMOでもリーダーとして、制服のモデルチェンジなどを担当。「最先端の制服にしたい」という代表の熊谷正寿の意向を受けていくつか候補を選び、熊谷の前でプレゼンした。 採用されたのは「Tシャツはイブ・サンローラン、靴はクリスチャン・ルブタン、冬服はモンクレール」(橋本)と一流ブランドで固めた、かなり先鋭的なデザイン。「制服にこのデザインは求めてないんですけど……」と文句を言う若手を「気持ちは分かるけど、これほどお金を掛けてくれる会社はないよ」となだめるなど、経営陣と現場の調整役も担った。そして再び、人生の転機が訪れる。GMOが、「最先端のシステムで、最高レベルのセキュリティを実現したい」と、自社開発の受付システムを導入したのだ。しかし開発に当たって、受付担当者へのヒアリングは全くなかった。「現場の意見を聞かないなんて、いけてなさすぎでしょ」と、橋本は思った。「最先端の受付」を実現したはずなのに、なぜタブレットにタッチペンで手書きしなきゃいけないの? お客さまが来社するたびに、わざわざ顔写真を撮って入館証に貼る必要ってある? お客さまが「写真撮られるなんて、聞いてないよ」と、受付に文句を言うのも当たり前だ。これじゃ技術を見せびらかしているだけで、誰もハッピーじゃない!取り立ててスキルも貯金もない30歳そこそこの受付嬢が、会社を立ち上げ開発費を調達し、IT技術を駆使して受付システムを作る—— 。一見途方もないプランを達成した背景には、仲間たちとの「出会い」があった。.
トランスコスモスの受付は、女性ばかり約10人の大所帯。「先輩たちはみんなプライドを持って働いていて、刺激をたくさんもらいました。その後のキャリアを大きく左右する初職として、これ以上ない良い職場でした」と、橋本は振り返る。 受付は、外から見えるほど優雅な仕事ではない。特に来客の多い10時~14時ごろ、各時間の00分前後の受付は、橋本が「テロ」に例える忙しさだ。約束に遅れまいといらだつ訪問客、予約していない会議室を使わせろと迫る社員らの声を同時並行で聞きながら、来客を担当者に取り次ぎ、面会室に案内し、お茶を出して片付けて……と「耐え忍び、ひたすらさばいていく」(橋本)。見えない場所では、ハイヒールで走り回ることもある。 豪雨だろうが大雪だろうが、常に時間通り出社しブースにいなければならない。先輩たちがいかなる時も、一糸乱れぬ髪型とメイクで背筋を伸ばして受付に立つ姿に、橋本は「プロ意識」を感じた。橋本自身も「パニックにならずいい意味でポーカーフェイスを保てるよう、表情が鍛えられました」と振り返る。「才色兼備できりっと業務をこなし、社員の無茶な要望には『やってあげた方が楽だけれど本人のためにならないし、ここで無理を通すと、後でチームのみんなも迷惑する』と毅然と断る。それでいてオフの時間はキュートで、受付の女性みんなに好かれていました」冨田によると、受付志望の女性の中には、面接の時に「意外と厳しい仕事ですよ」といくら念を押しても、「座ってニコニコしていればいい」という甘い気持ちで入って来る子たちもいる。こうした女性たちはすぐに離職してしまうため、人の入れ替わりも激しいという。また、気性が激しい子が来客への不満を顔に出してしまい、クレームを招くこともある。派遣切りを経験。受付嬢の選手生命は短い 橋本はその後、USEN、ミクシィ、GMOインターネットとIT系の職場を渡り歩き、受付のメンバーをまとめるリーダーも務めた。USENでは、東京ミッドタウン移転直後のオープニングスタッフだったため、受付のシフトや会議室の使用手順なども、リーダーである橋本が、一から作る必要があったという。また同社では、グループにある芸能事務所所属の女性たちがアルバイトで加わったため、彼女たちと本職の受付スタッフをまとめるのに苦心した。 「本職はタレントであるアルバイトの子たちとプロの意識に差があるのは、ある意味当然です。リーダーとして誰よりも多くの仕事をこなし、『それほど言うなら、やってみてくださいよ』という不満を封じることで、どうにかチームを回すことができました」 ミクシィでは「派遣切り」に遭遇した。2人体制の小規模な受付で居心地もよく、3年半勤務したが、同社の収益悪化によって雇い止めに。この時「これ以上(受付で仕事を続けるの)は、無理かな」と、漠然とした不安を感じた。 橋本は就職の直後から「受付嬢の選手生命は短い」と、先行きをシビアに見ていた。当時はほとんどの募集要項に「第二新卒から30歳まで」という年齢制限が記載され、「応募の段階から、現場での限界を伝えられている気がした」からだ。現場の声聞かない内製受付システムに疑問「受付嬢」として最後の職場となったGMOでもリーダーとして、制服のモデルチェンジなどを担当。「最先端の制服にしたい」という代表の熊谷正寿の意向を受けていくつか候補を選び、熊谷の前でプレゼンした。 採用されたのは「Tシャツはイブ・サンローラン、靴はクリスチャン・ルブタン、冬服はモンクレール」(橋本)と一流ブランドで固めた、かなり先鋭的なデザイン。「制服にこのデザインは求めてないんですけど……」と文句を言う若手を「気持ちは分かるけど、これほどお金を掛けてくれる会社はないよ」となだめるなど、経営陣と現場の調整役も担った。そして再び、人生の転機が訪れる。GMOが、「最先端のシステムで、最高レベルのセキュリティを実現したい」と、自社開発の受付システムを導入したのだ。しかし開発に当たって、受付担当者へのヒアリングは全くなかった。「現場の意見を聞かないなんて、いけてなさすぎでしょ」と、橋本は思った。「最先端の受付」を実現したはずなのに、なぜタブレットにタッチペンで手書きしなきゃいけないの? お客さまが来社するたびに、わざわざ顔写真を撮って入館証に貼る必要ってある? お客さまが「写真撮られるなんて、聞いてないよ」と、受付に文句を言うのも当たり前だ。これじゃ技術を見せびらかしているだけで、誰もハッピーじゃない!取り立ててスキルも貯金もない30歳そこそこの受付嬢が、会社を立ち上げ開発費を調達し、IT技術を駆使して受付システムを作る—— 。一見途方もないプランを達成した背景には、仲間たちとの「出会い」があった。
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