小津安二郎への敬意を名に宿し、余白と静寂を武器にキャリアを積み上げてきた韓国出身でアメリカで活動している映画監督のコゴナダ。最新作『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』では、コリン・ファレルとマーゴット・ロビーを迎え、過去を再体験する旅というファンタジックな設定を、極めて繊細な感覚で描き出す。音、天気、身体性、そして時間。映画という共同作業のなかで、個の感性をいかに失わずに貫くのか。コゴナダ監督に話を訊いた。
大の日本好き、異色の映画監督 ここ数年の間──映画やアート、デザイン好きの間で静かに浸透してきた「コゴナダ」というアーティスト名。長年、小津安二郎監督と組んできた脚本家・野田高梧(のだ・こうご)への愛着からこう名乗り始めた彼は、経歴も美的感覚もなかなかに異端な人物だ。ウェス・アンダーソンや是枝裕和らの美学を分析するビデオエッセイを自作し注目を浴びたコゴナダは、2017年に長編映画監督デビューとなる『コロンバス』を発表(日本公開は2020年)。コロンバスという町に佇む建築の数々をフックにした静謐なヒューマンドラマは絶賛を浴び、切なさの香るSF『アフター・ヤン』(21)はあのA24が配給を手掛けた。 以降、『パチンコ - Pachinko』(22)や『スターウォーズ:アコライト』(24)でAppleやディズニーという大手と組み、確実にステップアップしてきたが、その“静けさと余白で語る”作家性を保持し続けている。長編第3作『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』(12月19日公開)ではコリン・ファレル&マーゴット・ロビーと共に「自身の過去を再体験できるツアー」に出た男女の恋愛ファンタジーに挑んだが、規模感こそメジャー感があるものの持ち味には“らしさ”が光る。 映画の中の音 冒頭、物語が始まる直前に耳に飛び込んでくるのは車の走行音。そして、結婚式に参加するために家を飛び出した主人公デヴィッド(コリン・ファレル)を捉える映画的なショットで物語に誘う一方で、風で木々が揺れる音が意識的に盛り込まれている。まるで「木や風も登場人物の一人です」と言わんばかりに。世界広しといえど、ソニー・ピクチャーズという世界的メジャースタジオの映画でこんな演出を仕掛けるのは彼ぐらいのものだろう。オンライン インタビュー に応じたコゴナダにサウンドデザインについて尋ねると「あまり皆に気づいてもらえない部分ですので、本当にうれしいです」と顔をほころばせた。 「僕は、映画制作において音響デザインは非常に重要だと考えています。映画内の“音”だけを集めたレコードを作って、目を閉じて風景を想像して楽しんでもらいたいほどにこだわっています。特に今回は、音響というよりむしろ音楽に近いものを詰め込みつつ、車などの都会の音と木々の揺れる音や雨音、鳥の鳴き声といった自然の音をバランスよく融合したサウンドデザインに腐心しました」 コゴナダ監督は『アフター・ヤン』で坂本龍一にオリジナル楽曲を依頼し、岩井俊二監督の名作『リリィ・シュシュのすべて』の挿入歌「Glide」のカバーを挿入するなど、音楽面でも日本映画愛をのぞかせる人物。『ビューティフル・ジャーニー』では久石譲と組んでいるが、物語性が強い劇伴と音響のレイヤー調整には苦心したという。「劇伴も含めたその瞬間に聴いている音と、観ている映像の質感が同じものであってほしい。久石さんの音楽は既に壮大なものを表現していらっしゃるため、ストーリーとどう両立させるかは注力したところです」 と、ここでコゴナダ監督は「小津安二郎監督が昔おっしゃっていたことなのですが」と切り出した。「映画音楽は天気のようなもので、いちいちその時の感情を表現する必要はないんだと。音楽は独立して流れていればいいんだ、という彼の考えに僕も同意します。そういった意味では、もちろんバランスには気を配りますが──ある種の風景のように物語とは切り離して捉えている向きもあります」 こうした発言からも、コゴナダ監督のDNAに小津イズムが刻まれていることがひしひしと伝わってくる。だが、単なるフォロワーでなく彼もまた一人の才気あふれるクリエイターだ。『ビューティフル・ジャーニー』のビジュアルイメージである「雨」においても「空が晴れているのに雨が降る風景が視覚的に好きで、元々の脚本には雨の描写がありませんでしたが盛り込ませてほしい、と提案しました」と明かす。日本では「狐の嫁入り」の名で親しまれているこの気象現象は、英語では「Liquid Sunshine(直訳するならば液体日光)」と呼ばれる。「晴れ=明るくて快活、雨=憂鬱で物悲しい、というイメージが一般的ですが、2つの全く異なる感情を同時に視覚的に表現でき、この状態にしかない特殊な色合いも生み出せるのです。本作の全体の色彩設計を考える意味でも、重要なものでした」 他人とものづくりをするということ なお、本作は長編映画において初めて、彼が脚本にクレジットされていない。他者から始まった物語や世界観をどう自分色に染め上げるのかという新たなチャレンジが待ち受けていた。 「自分で脚本・監督・編集をする場合は、当たり前ですが統一感が自然と生まれるものです。自分ならではの美的センスやテンポ、ペースが意識せずとも調合されていくものですから、その点に関しては難しさを感じはしました。ただ、僕が幸運だったのは製作・脚本を手掛けたセス・リースさんが非常に協力的な方だったこと。要所に自分なりのアイデアを持ち込みましたし、デヴィッドの人物像に関しては初稿と全く違うものにしたいと意見を言いましたが、オープンに受け入れて下さいました。個人的に響く部分や、自分が大事にしている感性の領域は曲げられないものですよね。それはリースさんも同様で、活発に意見を交わしながら統一感を探っていきました」 この話を聞いて、コゴナダ監督の一人のファンとして、ずっと抱いていた疑問をぶつけたくなった。私的な感覚を大切にするならば、何百人単位の人間が関わる映画制作はストレスにならないのか? どのようにしてその柔らかな感性を希釈せず、映像に注入しているのかと。こちらの気持ちを見透かしたように、コゴナダ監督は穏やかにこう続けた。「映画は究極の共同作業で、常に誰かしらとすり合わせが発生するものです」と。「たとえ自分が脚本を書いたとして、演じる俳優たちが『私はこう思うんです』と各々の解釈を持ち寄ってきてくれて入れ込んでいくことだってありますし、音楽や美術においても同じです。皆の意見をどうにかうまく盛り込んでいくこと自体が、映画づくりなのです」。そもそも彼個人が有する感性の懐が深いがゆえに、他者の影響を受けて趣が増すことこそあれど、崩れはしないのだ。それこそが、真の意味での「作家性」なのだろう。 思えば『ビューティフル・ジャーニー』はその企画自体が、実写映画で行うにはチャレンジングな内容だ。結婚式の参加者だったデヴィッドとサラはレンタカーの不思議なカーナビに指示され、自分たちが歩んできた「やり直したい日」を再体験してゆく。『エターナル・サンシャイン』等の先例こそあれど、恐らく我々日本人の感覚からすると、アニメーションとの親和性が高い題材に思えるのではないか。コゴナダ監督自身もその点においては意識的であり、生身の人間による“肉体性”が効果を発揮するシーンを採り入れるに至った。 「自分が本作の中で特にお気に入りなのは、コリンとマーゴットが照明すら落とされた真っ暗でミニマルなセットで対話をするシーンです。生身の人間が向かい合って、その身体一つで感情をぶつけたり探り合ったりしながら、お互いに感応して豊かになっていくこと──そうしたパワフルさは、やはり実写でしか描けないと思いますし、個人的にも力を入れた部分でした。お気に入りといえばもう一つ、サラが12歳に戻って母親と再会する“子供返り”のシーンもそう。きっとアニメーションであれば、あのシーンは本当に子どもの姿に戻って描かれるでしょうし、彼女が描く絵も12歳当時まで巻き戻るはず。でもそうではなく、30代の大人であるマーゴットがそのまま全てを演じることで身体的なズレが生じ、心の機微が生まれ、切なさが増幅するのではないでしょうか」 演じることの本質 大人になったいま、子ども時代の自分を“演じる”ということ。コゴナダ監督が言う通り、見た目を大人の姿から敢えて変えずに連結させることで「失った時は戻らない」という不可逆性も感じさせ、人物の孤独感や傷心が沁み込んでくる。コゴナダ監督は、『ビューティフル・ジャーニー』の本質的なテーマが「ごっこ遊び」にある、と打ち明けた。 「デヴィッドとサラは、劇中の旅を通して恋愛ごっこに興じていますよね。その中でそれぞれが抱えている恋愛観や想いが紐解かれてゆき、2人の関係性が進展していくにつれて“ごっこ”が“本物”へと移行するのです」 他者から見たハードルさえも己が表現を高める要素に吸収・変換する貪欲さと、自身の感性に対する信頼や愛情、それでいて周囲に壁を作らない和やかさ。コゴナダ監督自体も、繊細と豪胆を併せ持ったLiquid Sunshineのような人物だ。持ち時間を超過しても インタビュー に答えてくれただけでなく、「背景に映っているのはあなたのオフィスですか? 興味深そうな本が並んでいますね。来日した際にはぜひ覗かせて下さい」と思わぬ申し出を屈託なく行う姿に、その片鱗を見た。 KOGONADA/コゴナダ 韓国・ソウル生まれ。幼少期にアメリカへ移住する。小津安二郎監督の映画に関する博士論文を執筆していたことがきっかけで、映画への道に進む。最初に注目されたのは、映画やテレビシリーズを自身の解釈でとらえたビデオエッセイ。クライテリオン・コレクションや英国映画協会からも依頼を受け、著名な映画作家の作品を探求した映像を制作。スタンリー・キューブリック、ウェス・アンダーソン、クエンティン・タランティーノ、小津安二郎、是枝裕和など様々な映画作家が取り上げられた。 長編映画監督としてのデビュー作は、モダニズム建築の宝庫として知られるインディアナ州コロンバスを舞台にした『コロンバス』。A24が製作した第2作『アフター・ヤン』は、家族の一員だったAIロボットのヤンが故障したことから起こる出来事を描いた切なく美しいヒューマンドラマ。その他、Apple TVのシリーズ『パチンコ』で、パイロット版と 3つのエピソードを監督。また『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフである『スター・ウォーズ:アコライト』の2話を監督した。 『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』 文・SYO 編集・遠藤加奈(GQ).
大の日本好き、異色の映画監督 ここ数年の間──映画やアート、デザイン好きの間で静かに浸透してきた「コゴナダ」というアーティスト名。長年、小津安二郎監督と組んできた脚本家・野田高梧(のだ・こうご)への愛着からこう名乗り始めた彼は、経歴も美的感覚もなかなかに異端な人物だ。ウェス・アンダーソンや是枝裕和らの美学を分析するビデオエッセイを自作し注目を浴びたコゴナダは、2017年に長編映画監督デビューとなる『コロンバス』を発表(日本公開は2020年)。コロンバスという町に佇む建築の数々をフックにした静謐なヒューマンドラマは絶賛を浴び、切なさの香るSF『アフター・ヤン』(21)はあのA24が配給を手掛けた。 以降、『パチンコ - Pachinko』(22)や『スターウォーズ:アコライト』(24)でAppleやディズニーという大手と組み、確実にステップアップしてきたが、その“静けさと余白で語る”作家性を保持し続けている。長編第3作『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』(12月19日公開)ではコリン・ファレル&マーゴット・ロビーと共に「自身の過去を再体験できるツアー」に出た男女の恋愛ファンタジーに挑んだが、規模感こそメジャー感があるものの持ち味には“らしさ”が光る。 映画の中の音 冒頭、物語が始まる直前に耳に飛び込んでくるのは車の走行音。そして、結婚式に参加するために家を飛び出した主人公デヴィッド(コリン・ファレル)を捉える映画的なショットで物語に誘う一方で、風で木々が揺れる音が意識的に盛り込まれている。まるで「木や風も登場人物の一人です」と言わんばかりに。世界広しといえど、ソニー・ピクチャーズという世界的メジャースタジオの映画でこんな演出を仕掛けるのは彼ぐらいのものだろう。オンラインインタビューに応じたコゴナダにサウンドデザインについて尋ねると「あまり皆に気づいてもらえない部分ですので、本当にうれしいです」と顔をほころばせた。 「僕は、映画制作において音響デザインは非常に重要だと考えています。映画内の“音”だけを集めたレコードを作って、目を閉じて風景を想像して楽しんでもらいたいほどにこだわっています。特に今回は、音響というよりむしろ音楽に近いものを詰め込みつつ、車などの都会の音と木々の揺れる音や雨音、鳥の鳴き声といった自然の音をバランスよく融合したサウンドデザインに腐心しました」 コゴナダ監督は『アフター・ヤン』で坂本龍一にオリジナル楽曲を依頼し、岩井俊二監督の名作『リリィ・シュシュのすべて』の挿入歌「Glide」のカバーを挿入するなど、音楽面でも日本映画愛をのぞかせる人物。『ビューティフル・ジャーニー』では久石譲と組んでいるが、物語性が強い劇伴と音響のレイヤー調整には苦心したという。「劇伴も含めたその瞬間に聴いている音と、観ている映像の質感が同じものであってほしい。久石さんの音楽は既に壮大なものを表現していらっしゃるため、ストーリーとどう両立させるかは注力したところです」 と、ここでコゴナダ監督は「小津安二郎監督が昔おっしゃっていたことなのですが」と切り出した。「映画音楽は天気のようなもので、いちいちその時の感情を表現する必要はないんだと。音楽は独立して流れていればいいんだ、という彼の考えに僕も同意します。そういった意味では、もちろんバランスには気を配りますが──ある種の風景のように物語とは切り離して捉えている向きもあります」 こうした発言からも、コゴナダ監督のDNAに小津イズムが刻まれていることがひしひしと伝わってくる。だが、単なるフォロワーでなく彼もまた一人の才気あふれるクリエイターだ。『ビューティフル・ジャーニー』のビジュアルイメージである「雨」においても「空が晴れているのに雨が降る風景が視覚的に好きで、元々の脚本には雨の描写がありませんでしたが盛り込ませてほしい、と提案しました」と明かす。日本では「狐の嫁入り」の名で親しまれているこの気象現象は、英語では「Liquid Sunshine(直訳するならば液体日光)」と呼ばれる。「晴れ=明るくて快活、雨=憂鬱で物悲しい、というイメージが一般的ですが、2つの全く異なる感情を同時に視覚的に表現でき、この状態にしかない特殊な色合いも生み出せるのです。本作の全体の色彩設計を考える意味でも、重要なものでした」 他人とものづくりをするということ なお、本作は長編映画において初めて、彼が脚本にクレジットされていない。他者から始まった物語や世界観をどう自分色に染め上げるのかという新たなチャレンジが待ち受けていた。 「自分で脚本・監督・編集をする場合は、当たり前ですが統一感が自然と生まれるものです。自分ならではの美的センスやテンポ、ペースが意識せずとも調合されていくものですから、その点に関しては難しさを感じはしました。ただ、僕が幸運だったのは製作・脚本を手掛けたセス・リースさんが非常に協力的な方だったこと。要所に自分なりのアイデアを持ち込みましたし、デヴィッドの人物像に関しては初稿と全く違うものにしたいと意見を言いましたが、オープンに受け入れて下さいました。個人的に響く部分や、自分が大事にしている感性の領域は曲げられないものですよね。それはリースさんも同様で、活発に意見を交わしながら統一感を探っていきました」 この話を聞いて、コゴナダ監督の一人のファンとして、ずっと抱いていた疑問をぶつけたくなった。私的な感覚を大切にするならば、何百人単位の人間が関わる映画制作はストレスにならないのか? どのようにしてその柔らかな感性を希釈せず、映像に注入しているのかと。こちらの気持ちを見透かしたように、コゴナダ監督は穏やかにこう続けた。「映画は究極の共同作業で、常に誰かしらとすり合わせが発生するものです」と。「たとえ自分が脚本を書いたとして、演じる俳優たちが『私はこう思うんです』と各々の解釈を持ち寄ってきてくれて入れ込んでいくことだってありますし、音楽や美術においても同じです。皆の意見をどうにかうまく盛り込んでいくこと自体が、映画づくりなのです」。そもそも彼個人が有する感性の懐が深いがゆえに、他者の影響を受けて趣が増すことこそあれど、崩れはしないのだ。それこそが、真の意味での「作家性」なのだろう。 思えば『ビューティフル・ジャーニー』はその企画自体が、実写映画で行うにはチャレンジングな内容だ。結婚式の参加者だったデヴィッドとサラはレンタカーの不思議なカーナビに指示され、自分たちが歩んできた「やり直したい日」を再体験してゆく。『エターナル・サンシャイン』等の先例こそあれど、恐らく我々日本人の感覚からすると、アニメーションとの親和性が高い題材に思えるのではないか。コゴナダ監督自身もその点においては意識的であり、生身の人間による“肉体性”が効果を発揮するシーンを採り入れるに至った。 「自分が本作の中で特にお気に入りなのは、コリンとマーゴットが照明すら落とされた真っ暗でミニマルなセットで対話をするシーンです。生身の人間が向かい合って、その身体一つで感情をぶつけたり探り合ったりしながら、お互いに感応して豊かになっていくこと──そうしたパワフルさは、やはり実写でしか描けないと思いますし、個人的にも力を入れた部分でした。お気に入りといえばもう一つ、サラが12歳に戻って母親と再会する“子供返り”のシーンもそう。きっとアニメーションであれば、あのシーンは本当に子どもの姿に戻って描かれるでしょうし、彼女が描く絵も12歳当時まで巻き戻るはず。でもそうではなく、30代の大人であるマーゴットがそのまま全てを演じることで身体的なズレが生じ、心の機微が生まれ、切なさが増幅するのではないでしょうか」 演じることの本質 大人になったいま、子ども時代の自分を“演じる”ということ。コゴナダ監督が言う通り、見た目を大人の姿から敢えて変えずに連結させることで「失った時は戻らない」という不可逆性も感じさせ、人物の孤独感や傷心が沁み込んでくる。コゴナダ監督は、『ビューティフル・ジャーニー』の本質的なテーマが「ごっこ遊び」にある、と打ち明けた。 「デヴィッドとサラは、劇中の旅を通して恋愛ごっこに興じていますよね。その中でそれぞれが抱えている恋愛観や想いが紐解かれてゆき、2人の関係性が進展していくにつれて“ごっこ”が“本物”へと移行するのです」 他者から見たハードルさえも己が表現を高める要素に吸収・変換する貪欲さと、自身の感性に対する信頼や愛情、それでいて周囲に壁を作らない和やかさ。コゴナダ監督自体も、繊細と豪胆を併せ持ったLiquid Sunshineのような人物だ。持ち時間を超過してもインタビューに答えてくれただけでなく、「背景に映っているのはあなたのオフィスですか? 興味深そうな本が並んでいますね。来日した際にはぜひ覗かせて下さい」と思わぬ申し出を屈託なく行う姿に、その片鱗を見た。 KOGONADA/コゴナダ 韓国・ソウル生まれ。幼少期にアメリカへ移住する。小津安二郎監督の映画に関する博士論文を執筆していたことがきっかけで、映画への道に進む。最初に注目されたのは、映画やテレビシリーズを自身の解釈でとらえたビデオエッセイ。クライテリオン・コレクションや英国映画協会からも依頼を受け、著名な映画作家の作品を探求した映像を制作。スタンリー・キューブリック、ウェス・アンダーソン、クエンティン・タランティーノ、小津安二郎、是枝裕和など様々な映画作家が取り上げられた。 長編映画監督としてのデビュー作は、モダニズム建築の宝庫として知られるインディアナ州コロンバスを舞台にした『コロンバス』。A24が製作した第2作『アフター・ヤン』は、家族の一員だったAIロボットのヤンが故障したことから起こる出来事を描いた切なく美しいヒューマンドラマ。その他、Apple TVのシリーズ『パチンコ』で、パイロット版と 3つのエピソードを監督。また『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフである『スター・ウォーズ:アコライト』の2話を監督した。 『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』 文・SYO 編集・遠藤加奈(GQ)
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