箱根駅伝、青山学院大学が復路新記録で3連覇達成。原監督の采配と選手の活躍により、異次元の総合新記録を樹立。黒田朝日、佐藤有一らの活躍も光る。チームの強さの秘訣、原監督の指導、練習風景も紹介。
往路を新記録で制した 青山学院大学 ( 青学大 )が、復路も5時間19分26秒の新記録を樹立し、総合タイム10時間37分34秒で、初めて40分台を切る異次元の記録を打ち立て、史上初となる同一チーム2度目の3連覇(通算9度目の優勝)を達成した。原晋監督(58歳)は、12年間で9度目の優勝を果たし、大会公式記録に「監督」として明記されるようになった1964年の第40回大会以降では、日本体育大学の岡野章監督を抜き、史上最多の優勝回数を更新した。今大会に向けて掲げられた「輝け大作戦」を指揮した原監督は、「輝け指数は300点です!」と高らかに宣言した。(晴れ、気温マイナス1.3度、湿度31%、西の風2メートル=スタート時)\圧倒的な強さを見せつけたのは、 青学大 アンカーの 折田壮太 選手(2年生)であった。折田選手は、ライバル校との差を大きく広げ、昨季の 青学大 チームを凌駕する形で、優勝のゴールテープを切った。3分45秒という驚異的なタイムで、距離にして約1キロメートルも大会記録を更新した。折田選手が歓喜の宙を舞い、原監督は選手たちに「9回だぞ!」と呼びかけ、胴上げで祝福された。「輝け大作戦は大成功です。300点です」。 箱根駅伝 の監督として最多の9勝目を飾った原監督は、満面の笑みを浮かべ、その喜びを語った。復路は2位との差が18秒という僅差でスタートしたが、全員が区間3位以内に入る盤石の走りを見せ、逃げ切りに成功した。復路のスタートを切った1年生の石川浩輝選手は、プレッシャーを感じさせない力強い走りを見せ、山下りで1年生歴代最速記録を1分近くも更新した。「自分がしっかり走ることができれば、総合優勝が近づくのは分かっていた。役目を果たすことができた」と、石川選手は誇らしげに語った。\今大会を語る上で、外せないのは、往路5区で絶対的エースの 黒田朝日 選手(4年生)が、空前絶後の区間新記録を打ち立て、「4代目・山の神」の称号をほしいままにしたことである。 黒田朝日 の圧倒的なパフォーマンスが際立ったが、9区区間賞を獲得した 佐藤有一 選手(4年生)の活躍も、 青学大 の強さを象徴するものであった。4年目にして 箱根駅伝 に初出場を果たした佐藤選手は、中央大学のエース吉居駿恭選手(4年生)ら強豪選手を相手に、堂々とした走りを見せつけた。「4年間、苦しい経験を重ねながらも、最後は 箱根駅伝 で活躍し、優勝メンバーとなった先輩方がたくさんいた。自分もそうなりたかった」と、佐藤選手は感慨深げに語った。 青学大 では、池田生成選手(2017年9区2位)、吉田祐也選手(2020年4区区間賞)、倉本玄太選手(2024年9区区間賞)など、最初で最後の箱根路で輝きを放つ選手が多い。 黒田朝日 選手のような突出した選手は、何十年に一度現れる逸材であるが、4年生になってから渋い活躍をする選手はコンスタントに現れる。これが 青学大 の強さの大きな理由となっている。原監督の起用方針の基本は、「同じ実力であれば、下級生よりも4年生を優先的に起用する」というものである。翌年以降のチームを見据えて、「同じ実力なら4年生よりも下級生を使う」という監督が多い中で、原監督の方針は徹底されている。「4年間、厳しい練習を積み重ねてきた選手は信頼できる」という考えに基づいているからである。\ 青学大 駅伝チームの選手寮では、飲酒が許されるのは年に一度だけである。それは、 箱根駅伝 復路が終わった1月3日の夜だけである。前回大会でも、その日の夜だけは、原監督をはじめ、妻で寮母の美穂さん(58歳)、コーチ陣、そして20歳以上の選手はビールを、20歳未満の選手は スポーツ ドリンクを飲みながら、夜遅くまで語り合った。しかし、つかの間の休息で心身をリフレッシュした後、選手たちは7日からは通常通り、午前5時45分から朝練習を開始する。まだ薄暗い中、走り始めるという。「これが我々の日常です」と、テレビ番組で見せる明るい表情とは対照的に、原監督は淡々と語った。 青学大 は1918年に創部され、 箱根駅伝 には1943年に初出場した。2004年に原監督が就任し、2009年大会で33年ぶりに本戦出場を果たした。2015年からは4連覇を達成するなど、優勝9度を誇る。出雲駅伝では4度の優勝、全日本 大学駅伝 では2度の優勝を誇る。2016年度には学生駅伝3冠を達成した。練習拠点は東京・町田市と神奈川・相模原市。チームカラーはフレッシュグリーン。長距離部員は選手47人、学生スタッフ18人。主なOBには、「3代目・山の神」と呼ばれた神野大地選手(M&Aベストパートナーズ選手兼任監督)、太田蒼生選手(GMOインターネットグループ)らがいる.
往路を新記録で制した青山学院大学(青学大)が、復路も5時間19分26秒の新記録を樹立し、総合タイム10時間37分34秒で、初めて40分台を切る異次元の記録を打ち立て、史上初となる同一チーム2度目の3連覇(通算9度目の優勝)を達成した。原晋監督(58歳)は、12年間で9度目の優勝を果たし、大会公式記録に「監督」として明記されるようになった1964年の第40回大会以降では、日本体育大学の岡野章監督を抜き、史上最多の優勝回数を更新した。今大会に向けて掲げられた「輝け大作戦」を指揮した原監督は、「輝け指数は300点です!」と高らかに宣言した。(晴れ、気温マイナス1.3度、湿度31%、西の風2メートル=スタート時)\圧倒的な強さを見せつけたのは、青学大アンカーの折田壮太選手(2年生)であった。折田選手は、ライバル校との差を大きく広げ、昨季の青学大チームを凌駕する形で、優勝のゴールテープを切った。3分45秒という驚異的なタイムで、距離にして約1キロメートルも大会記録を更新した。折田選手が歓喜の宙を舞い、原監督は選手たちに「9回だぞ!」と呼びかけ、胴上げで祝福された。「輝け大作戦は大成功です。300点です」。箱根駅伝の監督として最多の9勝目を飾った原監督は、満面の笑みを浮かべ、その喜びを語った。復路は2位との差が18秒という僅差でスタートしたが、全員が区間3位以内に入る盤石の走りを見せ、逃げ切りに成功した。復路のスタートを切った1年生の石川浩輝選手は、プレッシャーを感じさせない力強い走りを見せ、山下りで1年生歴代最速記録を1分近くも更新した。「自分がしっかり走ることができれば、総合優勝が近づくのは分かっていた。役目を果たすことができた」と、石川選手は誇らしげに語った。\今大会を語る上で、外せないのは、往路5区で絶対的エースの黒田朝日選手(4年生)が、空前絶後の区間新記録を打ち立て、「4代目・山の神」の称号をほしいままにしたことである。黒田朝日の圧倒的なパフォーマンスが際立ったが、9区区間賞を獲得した佐藤有一選手(4年生)の活躍も、青学大の強さを象徴するものであった。4年目にして箱根駅伝に初出場を果たした佐藤選手は、中央大学のエース吉居駿恭選手(4年生)ら強豪選手を相手に、堂々とした走りを見せつけた。「4年間、苦しい経験を重ねながらも、最後は箱根駅伝で活躍し、優勝メンバーとなった先輩方がたくさんいた。自分もそうなりたかった」と、佐藤選手は感慨深げに語った。青学大では、池田生成選手(2017年9区2位)、吉田祐也選手(2020年4区区間賞)、倉本玄太選手(2024年9区区間賞)など、最初で最後の箱根路で輝きを放つ選手が多い。黒田朝日選手のような突出した選手は、何十年に一度現れる逸材であるが、4年生になってから渋い活躍をする選手はコンスタントに現れる。これが青学大の強さの大きな理由となっている。原監督の起用方針の基本は、「同じ実力であれば、下級生よりも4年生を優先的に起用する」というものである。翌年以降のチームを見据えて、「同じ実力なら4年生よりも下級生を使う」という監督が多い中で、原監督の方針は徹底されている。「4年間、厳しい練習を積み重ねてきた選手は信頼できる」という考えに基づいているからである。\青学大駅伝チームの選手寮では、飲酒が許されるのは年に一度だけである。それは、箱根駅伝復路が終わった1月3日の夜だけである。前回大会でも、その日の夜だけは、原監督をはじめ、妻で寮母の美穂さん(58歳)、コーチ陣、そして20歳以上の選手はビールを、20歳未満の選手はスポーツドリンクを飲みながら、夜遅くまで語り合った。しかし、つかの間の休息で心身をリフレッシュした後、選手たちは7日からは通常通り、午前5時45分から朝練習を開始する。まだ薄暗い中、走り始めるという。「これが我々の日常です」と、テレビ番組で見せる明るい表情とは対照的に、原監督は淡々と語った。青学大は1918年に創部され、箱根駅伝には1943年に初出場した。2004年に原監督が就任し、2009年大会で33年ぶりに本戦出場を果たした。2015年からは4連覇を達成するなど、優勝9度を誇る。出雲駅伝では4度の優勝、全日本大学駅伝では2度の優勝を誇る。2016年度には学生駅伝3冠を達成した。練習拠点は東京・町田市と神奈川・相模原市。チームカラーはフレッシュグリーン。長距離部員は選手47人、学生スタッフ18人。主なOBには、「3代目・山の神」と呼ばれた神野大地選手(M&Aベストパートナーズ選手兼任監督)、太田蒼生選手(GMOインターネットグループ)らがいる
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