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量子コンピューターによる終末「Qデイ」の到来に備えよ|The Big Story

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量子コンピューターによる終末「Qデイ」の到来に備えよ|The Big Story
量子コンピューター / Quantum Computer量子暗号 / Quantum Cryptography暗号化 / Encryption

量子コンピューターがついに暗号を突破し、世界最高レベルの機密にさえアクセスできるようになったとしたら世界はどう変わるのかを検証。「Qデイ」と呼ばれるその日、わたしたちは史上最悪の経験をすることになるかもしれない。

そう遠くないある日、サンタバーバラかシアトルの近辺にある研究所のラボで、あるいは中国の山中にある秘密の施設で、それは始まる。その日突如として、世界中の秘密が解読される。そう、あなたの秘密も。 サイバーセキュリティのアナリストたちは、この日のことを「Qデイ」と呼ぶ。誰かがつくり上げた量子コンピューターが、世界中で最も広く使われている暗号化方式を突破する日。この数学的暗号化方式は数十年にわたり、人類が最も秘密にしておきたいデータを守ってきたが、Qデイが到来すればすべてがあらゆる人の目に晒されることになる。Eメールも、ショートメールも、無記名の投稿も、場所の履歴も、ビットコインのウォレットも、警察の調書も、病院のカルテも、発電所も、この世界の金融システムそのものも。 「ロシアン・ルーレットをやっているようなものです」とマイケル・モスカは言う。モスカはGlobal Risk Institute[編註: カナダの金融関連のリスクマネジメントを扱う官民連携機関]から発行された「Quantum Threat Timeline(量子脅威の予測)」レポートの共著者であり、このなかでわたしたちに残された時間はあとどれくらいあるかを予測している。「これが一度きりのゲームなら勝つことも可能でしょうが、この脅威はそういうゲームではありません」 昨年モスカと同僚たちがサイバーセキュリティの専門家を対象に行なった調査によれば、予測はゾッとするようなものだった。3分の1の確率で、Qデイは2035年までに起こるというのだ。いやひょっとして、すでに密かに起こっている可能性もあるかもしれない。『WIRED』の取材に応じた人物のなかには、その可能性が15%はあると言う人もいた。奇しくもそれは、リボルバーのシリンダーを1回転させて当たる確率とほぼ同じだ。 最近は企業内での人工知能(AI)活用がもっぱら巷の話題を独占しているが、量子コンピューターの開発競争も激化してきている。現在のAIテクノロジーは古典的コンピューティング(0と1で動く計算方法)の限界を突破しつつあるなかで、量子テクノロジーはまったく違うコンピューティングを運用している。原子よりも小さい世界の不気味な力学を制御することで、量子コンピューティングでは0でも1でもその間にあるどんな数でも利用可能になる。 この特徴のせいで、量子コンピューターは、例えばデータの保管にはまったく向かないが、逆に例えば革新的な新素材をつくり出す方法を発見したり(あるいはあなたのEメールのパスワードを見つけ出したり)することには非常に長けているのだ。古典的なマシンは、段階的に計算を積み重ねていくことしかできない。ひとつのやりかたでやってみて、失敗したら、それは全部捨ててまた1からやり直すことになる。だが量子コンピューターなら、考えうるさまざまなやりかたを全部“同時に”試してみることができるのだ。 したがって、当然グーグルやファーウェイやIBM、マイクロソフトといったテックジャイアント各社は、量子のもつ無数の有益な能力を利用しようと競って研究し続けてきた。その活用分野は材料工学のみならず、通信、薬剤開発、市場分析にまで及ぶ。中国は膨大な財源を国家が支援するプロジェクトにつぎ込み、米国とEUもそれぞれ独自の量子産業の支援に数百万単位の資金提供を約束している。 もちろん、どちらが勝つにせよ、その競争の勝者は世界を救うほどの革新をもたらす原動力を手に入れるだけではない。勝者は同時に、史上最も偉大な暗号解読マシンを手にすることになるのだ。さてここで、誰もがこう考えるのはごく当然のことだろう。そのやがて訪れるQデイとは、一体どんなものになるのか? そして、果たしてそれに備える何らかの方法はあるのか? もしどんな錠前も開けられるカギを手にしたとしたら、あなたはそれをみんなに吹聴するだろうか? いや、たぶんポケットにしまい込んで、できる限り人に知られないようにするのではないだろうか。ごく普通の人間にしてみれば、Qデイはおそらく気づかないうちに始まっているはずだ。それはたぶん、数カ月とか数年にわたって、一見つながりのない奇妙なニュースがいくつか続くところから始まる。 選挙の日にロンドンのエネルギー供給網がダウンし、街中が暗闇に包まれる。極秘任務に就いていた米国の潜水艦が、浮上してみたら周囲を敵国の船に囲まれている。ネット上に不適切な素材が日に日に大量にばら撒かれるようになる。機密扱いの情報通信、大統領の隠蔽工作、億万長者の性器の写真。このシナリオでは、実際のQデイがいつだったのかはっきりと特定できるのは、数十年も経ってからのことだろう。 だがひょっとしたら、万能キーを手にした人物は、パニック映画のような状況を現実に起こしてやろうと思うかもしれない。すべてのことを、あらゆるところで、全部同時に。エネルギー供給網の破壊。ミサイル格納庫の無力化。銀行システムの無効化。すべてのドアが開け放たれ、すべての秘密が解放される。 例えば従来のコンピューターに、「15を素因数分解せよ」といった単純な数学問題の解を求めたとする。するとコンピューターはすべての可能な選択肢を一つひとつ試した上で、ほぼ瞬時に「3と5」という答えを導き出す。次に「1,000桁の数字を因数分解せよ」と求めても、コンピューターが答えを導く方法は同じ。ただし、その計算には数千年かかる。現代における暗号解読の仕組みは、だいたいこういうことだ。 RSA暗号を例にとって考えてみよう。RSA暗号とは1970年代に開発された暗号方式で、現在もEメールやウェブサイトなどのさまざまな認証に使われている。RSAでは、まずあなた(つまりあなたの使っている暗号化されたメッセージアプリ)がふたつ以上の巨大素数を用いて秘密鍵をつくる。この素数同士をかけ合わせたものが、あなたの公開鍵の一部となる。 誰かがあなたにメッセージを送りたいとき、相手はあなたの公開鍵を用いてメッセージを暗号化する。鍵の元になった素数を知っているのはあなただけなので、暗号化されたメッセージを解読できるのはあなただけということになる。ただし、誰かが量子コンピューターをつくり出し、その恐るべき並列計算能力を使って公開鍵から秘密鍵を抽出することができるようになれば、その暗号化は意味を成さなくなる。しかもその抽出にかかる時間は、数千年ではなくほんの数分なのだ。それは暗号化システム全体の崩壊を意味する。 これを実行するためのアルゴリズムは、すでに存在している。1994年、本物の量子コンピューターが登場する何十年も前に、AT&Tベル研究所の研究者ピーター・ショアがQデイの実現を可能にする強力なアプリをつくった。 ショアのアルゴリズムは、量子コンピューターがビットではなく量子ビットで動くという原理を利用している。従来のコンピューターのように0か1かどちらかの状態に限定されるのではなく、量子コンピューターはそのどちらにも同時に存在することができる──つまり、重ね合わせの原理で動いているのだ。 ある与えられた量子状態でひと握りの量子ビットに対して演算を行なうとき、それはすなわち考えうる限りの“あらゆる”量子状態に対して同じ演算を行なっていることになる。量子ビットによる演算においては、試行錯誤は存在しない。量子コンピューターは、あらゆる可能性をもつ解を同時に検証することができる。あなたはこのとき確率分布、すなわち大量の重なり合う量子フィードバックの波を計算しているということだ。特定の数学的パターンを増幅するよう念入りに設計されたショアのアルゴリズムを使うと、まさにそのようなことが起こる。一方から巨大数を入れれば、反対側から因数が出てくるのだ。 少なくとも理論上はそうだ。ただし、量子ビットをこの実世界でつくり上げるのは、とてつもなく難しい。ほんのわずかな環境による干渉を受けただけで、量子ビットはまるでくるくる回転するコインのように繊細なバランスを保っている重ね合わせ状態からずれ出てしまうのだ。 しかしショアのアルゴリズムはこの分野に向けられる人々の興味を大いにかき立て、2010年代までには初の量子ビット作成を目指すさまざまなプロジェクトが始まって、量子コンピューティングは大きな進展を見せ始めた。 16年、おそらく迫りくるQデイの脅威に気づいたアメリカ国立標準技術研究所(NIST)は、耐量子暗号アルゴリズムの開発を競合させるコンテストを開催する。これらの技術は主に、量子コンピューターに構造化格子と呼ばれる複雑な多次元迷路を提示して脱出を競わせるもので、この迷路は量子コンピューターと言えど適切な指示なしには抜け出すことができない。 19年、サンタ・バーバラにあるグーグルの量子コンピューティング研究所は「量子超越性」を達成したと発表した。同研究所の53量子ビット・チップは、従来のコンピューターなら10万台使って10,000年かかるタスクを、たったの200秒で完成できるという。現時点でグーグルの最新の量子プロセッサー「Willow」は、105量子ビットを備えている。だがショアのアルゴリズムの暗号を破るには、量子コンピューター1台に数千あるいは数百万量子ビットを搭載する必要がある。 現在、数百もの企業がそれぞれにまったく異なる方法を用いて量子コンピューターをつくろうとしているが、そのすべてが量子ビットを環境から切り離したうえで制御下に置くことを目指している。超伝導量子回路、イオントラップ、分子磁石、カーボンナノスフィアといった方法だ。ハードウェアの進歩はじりじりとしか進んでいないが、コンピューター科学者たちは量子アルゴリズムに洗練を重ね、コンピューターを動かすために必要な量子ビットの数を減らそうと日々努力を続けている。どちらの進歩も、Qデイの到来を着々と早めつつある。 それはRSA暗号にとってだけでなく、Qデイが到来したら脆弱さを露呈することになる膨大な数のほかのシステムにとっても、あまり耳にしたくない知らせだ。セキュリティ・コンサルタントのロジャー・A・グライムズは、自著『Cryptography Apocalypse(暗号の黙示録)』(未邦訳)のなかで、そういったシステムのいくつかをリストアップしている。 ごく最近まで米政府機関の多くが利用してきたDSA暗号、ビットコインやイーサリアムなどの暗号通貨を守るために使われている楕円曲線暗号(ECC)、政治的活動家やポルノ愛好家たちが密かにウェブをブラウジングするのに使うVPN、オンラインカジノに欠かすことのできない乱数発生器、オフィスで施錠されたドアにかざすだけで通過できるスマートカード、自宅のWi-Fiネットワークを守るセキュリティシステム、あなたが自分のEメールアカウントにログインするときに使う2段階認証などだ。 ある国家安全保障機関に所属する専門家たちの話によると、専門家らは量子コンピューターがもたらす脅威を大きくふたつの領域に分けているという。「機密保持」と「認証」──すなわち、秘密を守ることと重大なシステムへの認証を管理することだ。 元米軍士官で、米国海軍大学校でサイバーセキュリティ学を教える教授クリス・デムチャックは、あくまで私的な見解と前置きして、Qデイが到来したら、量子コンピューターを使って敵国に自国の極秘の軍事データをリアルタイムで盗聴されてしまうといったことも起こりうると語った。 「敵国がわが国の潜水艦の正確な位置を全部知っていたとしたら、まずいことになるでしょう」とデムチャックは言う。「敵国がわが国の衛星が何を監視しているかを正確に把握し、わが国が保有しているミサイルの数とその射程を正確に把握していたとしたら、これも非常にまずいことになるでしょう」。例えば台湾海峡などにおける地政学的な力のバランスが、急激に乱れる恐れがある。 そういったリアルタイムでの機密保持に関する脅威だけでなく、「Harvest now, decrypt later(刈り取りはいま、解読はあと)」攻撃が行なわれるという見方もある。中国政府とつながりのあるハッカーたちが、長年にわたって暗号化されたデータを大量に吸い上げておき、近い将来、量子コンピューターにそれを解読させることを目論んでいるというのだ。「ハッカーたちはそれこそあらゆるデータを見境なく収集しています」とデムチャックは言う(米国も同じようなことをしているのは、ほぼ間違いない)。 そうだとすると、次にはこんな疑問が浮かぶ──では、あなたの機密データはいつまで機密としての価値を維持することができるのか?「その膨大なデータの山の中には、大切な機密事項がいくつか含まれているかもしれません」と、企業に量子テクノロジー導入の後押しをするMind FoundryのCEO、ブライアン・マリンズは言う。あなたのクレジットカードの現時点での利用明細は、10年後には大して意味のない情報だろうが、あなたの指紋はそうではない。いまは何の役にも立たないように思えるイラク戦争終盤の人的諜報資産リストが役に立たないのは、将来その諜報資産のひとりが著名な政治家になるまでのことだ。 認証に関わる脅威は、さらに恐るべき結果をもたらす可能性がある。「人が自分はこういう人物だと証明するとき、その事実は暗号化システムに支えられている場合がほとんどです」と、サンディア国立研究所に所属するコンピューター科学と国家安全保障の専門家、デボラ・フリンケは言う。「わたしたちが所有しているなかで機密度も価値も極めて高い社会基盤のいくつかは、正当な権利をもつ者のふりをして侵入してくる相手から身を守ることができないかもしれません。その侵入者は、例えばネットワークをシャットダウンしろとか、エネルギー供給網に何らかの影響を与えろとか、株式市場をシャットダウンして金融市場を崩壊させろといった命令を発してくるかもしれないのです」 Qデイに起こると思われる混乱の正確なレベルは、暗号解読に最初に成功する量子コンピューターへのアクセス権を誰が所有しているかによって決まる。もしそれが米国なら、その事実を科学的な目的のために公表すべきか、あるいは秘密のままにして諜報活動に利用すべきか、政府内の最高権力レベルで「激しい議論」が戦わされることになるだろう、とデムチャックは考える。 「もし最初に成功したのが民間企業であれば、米国はその企業を買収し、中国はハッキングを試みるでしょう」。もしその企業が米国内のテック企業のひとつだとしたら、政府は現在AIチップの輸出に課しているような厳しい輸出制限を量子チップにかけるはずだ、とデムチャックは主張する。 国家による攻撃の大部分は、民間企業に対して行なわれる──例えば、誰かがロッキード・マーティンのような防衛関連企業に侵入して、次世代戦闘機の計画を盗み取ろうとするわけだ。だがやがて、量子コンピューターの利用が浸透していけば、攻撃の対象がもっと幅広くなることも考えられる。 マイクロソフトやAmazonのような企業は、すでに自社の初期的量子デバイスをクラウドに上げ、研究者たちがアクセスできるようにしているが、実はテック企業は自社のプラットフォームの使用者を常にきちんと管理しているとは言いがたい(今年初め、ラスベガスのトランプ・インターナショナル・ホテルの外でサイバートラックを爆破した兵士は、攻撃計画を立てるのにChatGPTに質問をしていたという)。つまり、サイバー犯罪者がAmazonのクラウド量子コンピューター・プラットフォームを使ってAWSに侵入するという奇妙な事態も起こりうるわけだ。 サイバー犯罪者たちが量子コンピューターにアクセスできるようになれば、同じターゲットをより効果的に攻撃できるだけでなく、さらに甚大な被害を及ぼすことも可能になる。SWIFT(国際バンキングシステム)を乗っ取って送金の宛先を書き換えたり、産業スパイ行為をしてその企業の信用失墜をもたらすような情報を集めたり、といったことが行なわれるかもしれないのだ。 ごく初期的な量子コンピューターでは、おそらくショアのアルゴリズムをそこまで高速に処理することはできないと思われる──せいぜい1日に1、2個のキーを解読できれば上出来だろう。だが量子コンピューターをAIと組み合わせることにより、ある組織の弱みを網羅したり、最大限の損害を与えるためにはどのキーを解読すればいいか割り出したり、といったことができるようになったら、それがどれほど破滅的な結果をもたらすかは考えるだけで恐ろしい。 そしてビットコイン。暗号通貨はQデイの攻撃に対し、極めて脆弱だ。ビットコインのブロックチェーンのブロックはすべてひとつ前のブロックのデータをもとに構成されるため、ポスト量子暗号技術に合わせてビットコインをアップグレードすることはできないのだ、とポスト量子ブロックチェーンのセキュリティを扱うQuraniumのCEO、カピル・ディーマンは言う。「その唯一の解決策は、おそらくハードフォークしかないでしょう──つまり、新たなブロックチェーンを分岐させて2度と交わらないようにし、古いチェーンの働きを無効にするのです」 しかしそれには、大規模な組織的な努力が必要となる。まず、ビットコインネットワークを支えるノードオペレーターの51%がそれに同意しなければならない。次に、ビットコインを所有する人がひとり残らず、手動で自身の資金を古いチェーンから新たなチェーンへと移動させる必要がある(このすべての人のなかには、およそ1,000億ドル(約15兆円)の暗号通貨の入ったウォレットを操る正体不明のビットコイン開発者、サトシ・ナカモトも含まれる)。もしハードフォークが実行される前にQデイが起きたら、ビットコインがゼロになるのを止める手立てはない。「まるで時限爆弾のようなものです」とディーマンは言う。 その時限爆弾の爆発は、ほんの始まりにすぎない。政府による深刻な発表か、あるいはビッグテックによる妙に明るい調子のプレスリリースによってQデイの発生が一般に知られる頃には、世界はポスト量子時代に突入することになる。それは不信とパニックによって定義される時代であり、わたしたちが長らく享受してきたデジタルセキュリティの終焉を意味する。「そうして大混乱の時代が始まるのです」とデムチャックは言う。 わたしたちの通信における機密保持の信頼性は、すべて崩壊する。もちろん、あらゆる人のメッセージが実際に標的にされるわけではないだろうが、自分がいついかなるときでもスパイされる恐れがあると認識するようになれば、わたしたちの生き方はこれまでとは違うものにならざるを得ない。 また、もしその時点でNISTのポスト量子暗号アルゴリズムがあなたのデバイスに搭載されていないのであれば、あなたはそこで本当の問題に直面することになる──なぜなら、クラウドからアップデートをダウンロードしたくても、その行為にまったく信用がおけなくなってしまうからだ。ダウンロードを試みている先のアップルが、本当のアップルではなかったとしたら?「あなたの暗号通貨を新しいポスト量子暗号ウォレットに移してください」と指示されたとき、あなたはそれを信用できるだろうか? 『Cryptography Apocalypse』の著者グライムズは、途方もない混乱状態の発生を予測する。わたしたちはひょっとしたら、機密データを送るのに冷戦時代の手法に逆戻りしなくてはならなくなるかもしれない(11年の大規模ハッキング攻撃発生後、ある請負業者はスタッフに6週間メールの使用を禁じたという噂がある)。 ハードドライブにデータを詰め込み、それをブリーフケースに入れて鍵をかけ、信頼できる人物の手首に手錠でそのケースをつないで飛行機に乗せて送り出す。あるいは、ワンタイムパッドを使用する──これはメッセージの暗号化とその解読に、送り手と受け手があらかじめ決めておいた大量の乱数コード表を使う手法だ。ただしこの手法は量子耐性は高いが、あまり使いやすいとは言えない。エネルギー、金融、ヘルスケア、製造、運輸といった主幹産業は、業務の進行を大幅にスローダウンさせる必要に迫られる。機密データを抱える企業はデータを紙ベースに切り替えた上、急遽高額な報酬を払って暗号の専門家を雇わねばならなくなるからだ。 その結果、インフレが急激に進むだろう。ほとんどの人たちは、そうして到来した「プライバシーのない社会」を黙って受け入れざるを得なくなる。秘密を守れるかも、という期待はすべて消滅し、秘密を保持するには隔離された場所で、スマートフォンの電源を切って相手とじかに向き合って話すしかなくなる。ビッグ・ブラザーならぬ、「ビッグ・クォンタム(量子)があなたを見ている」世界だ。 最良のシナリオは、Y2K問題のときのようにQデイの危機を乗り越えることだろう。集団パニック状態に陥りながらも、暗号化に必要なアップグレードをなんとか達成し、いざQデイがやってきたときには、その恐怖はまったくの尻すぼみになって笑い話に過ぎなくなっている、そんなシナリオだ。そんな未来も、いまならまだ実現可能かもしれない。 24年の夏、NISTはポスト量子暗号化の基準に関する初の正式文書を発表した。バイデンの大統領として最後の仕事のひとつには、政府機関におけるNISTのアルゴリズムの適用開始時期を2035年から「可能な限り早期」に変更するという大統領命令への署名が含まれていた。 すでにNISTのポスト量子暗号は、SignalやiMessageといったメッセージプラットフォームに適用されはじめている。ある情報源によれば、国家安全保障に関わる機密データは、おそらくポスト量子暗号を用いた方法で守られつつあるという。だが、あなたのメールアカウントはネット上で簡単にポスト量子暗号化して守ることができても(そのアップデートが量子コンピューターによるなりすましアカウントから送られたものでなければ、の話だが!)、簡単には守ることができないものもある。 例えば英国の国民保健サービス(NHS)のような公共団体では、いまだに90年代のハードウェアやソフトウェアが使われている。「マイクロソフトは、そういった大昔のOSをアップグレードしてポスト量子暗号化するようなことはしないでしょう」と、ポスト量子暗号ハードウェアを製造する企業PQShieldのCEOアリ・エル・カファラニは言う。物理的なインフラに対するアップデートには数十年単位の時間がかかり、そういったインフラのなかには、変更不可能な箇所に非常に脆弱な暗号化部分を抱えるものもある。エネルギー供給網、戦闘用機器、衛星といったものがすべて危機にさらされる恐れがあると言っていい。 さらに、バランスを取らねばならない面もある。ポスト量子暗号への移行を急ぐあまり、以前は存在しなかった脆弱性が生まれてしまう可能性もあるからだ。「安全性に確信がもてる程度に時間をかけつつ、のんびりしすぎない程度の速さで移行を進めるにはどうすればよいのでしょうか?」と、量子コンピューティングを扱うOxford IonicsのCEOクリス・バランスは言う。 そこに生まれる脆弱性は、ひょっとしたらあらかじめ仕組まれていたものかもしれない。エドワード・スノーデンがリークした文書によると、米国国家安全保障局(NSA)は06年にNISTが採用した疑似乱数生成器にバックドアを仕込んだ可能性があるという。「いつ誰が『この特定のアルゴリズムを使用せよ』と言ったとしても、しかもその命令には国家権力の後ろ盾があったとしても、それによって利益を得るのは誰か、よく確かめる必要があります」と、ランカスター大学の量子テクノロジーセンター所長ロブ・ヤングは言う。 また、取材した人の何人かが、こんなことを指摘した。ショアのアルゴリズムを走らせることができるような量子デバイスをつくれるほどの資金力と技術的知識をもつ国なら、従来の方法を使って金融システムや、エネルギー供給網や、敵の安全保障機構に不正アクセスを行なうことなど造作もなくできるというのだ。警備員に賄賂を渡せばすむ話なら、まったく新しいコンピューター・パラダイムをつくりあげる必要などどこにある? 量子テクノロジーがすべての暗号を解読できるようになるよりずっと前に、そのテクノロジーは世界のバランスを優に崩すことができるほどの商業的、科学的な力を手にするだろう。研究者たちは量子ビットを環境から分離するという技術上の難題を解決していくうちに、やがて極めて繊細な量子センサーを開発し、そのおかげでステルス艦の位置を暴露したり、秘密の壕の場所を特定したり、あるいは人体に対する新しい知見が得られたりするようになるだろう。同様に、未来の製薬会社は量子を使って競合他社の発明を盗もうとするかもしれないし、あるいは量子の力でもっと優れた薬をつくり上げてしまうかもしれない。 つまり、結局Qデイの到来に歯止めをかける最良の方法は、量子テクノロジーによって得られる恩恵を世界中で共有することなのかもしれない。より高性能なバッテリーや、奇跡のような薬や、はるか先を見据えた気候予想を手に入れたら、それを使って新素材にあふれた量子のユートピアを築き、誰もがよりよい暮らしを実現できる未来をつくればいい。それができなければ、待っているのは大混乱の始まりだ。 (Originally published on wired.

com, translation by Terumi Kato/LIBER, edited by Nobuko Igari) ※『WIRED』による量子コンピューターの関連記事はこちら。 従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。

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