バイアグラ、ルネスタ、アドエア……。薬の名前は謎の呪文のようです。混同による投薬ミスを最小限にするため、独自性をもたせつつ異なる言語でも悪い意味にならないよう考慮し、何百もの候補から選ばれます。(無料記事です)
米国では3万種類の医薬品が販売されており、米食品医薬品局(FDA)は毎年50種類の商品名を新たに承認している。(PHOTOGRAPH BY H.ANGELICA CORNELIUSSEN, 500PX/GETTY IMAGES)
やっかいなのは、医薬品ビジネスは国境を越えて展開されるため、「ほとんどの場合、製薬会社は全世界に通用する名前を求めます」と、マルティネス氏は言う。米国人にとっては意味のある名前や音であっても、ヨーロッパの市場には適さないということもある。たとえば「mist(霧)」は英語ではポジティブな意味合いを持つが、ドイツ語では「堆肥」を意味する。代理店の戦略・クリエイティブチームは、製薬会社の意思決定者や各国の規制当局を含めたすべての関係者を満足させられそうな名前を目指し、たったひとつの医薬品のために何カ月もかけてブレインストーミングを行い、何百もの名称候補を考え出す。続いて名称案を徐々に絞り込み、まずは製薬会社の意思決定者に、最後はFDAに提示する。
「まるで異国の言葉のように聞こえるかもしれませんが、こうした名前は医師が作用の仕組みを知る手がかりになるのです」と、米ブランド戦略・マーケティングコンサルティング会社ザ・ディベロップメントのR・ジョン・フィデリーノ氏は言う。ときには、何らかの感情や願望をかき立てるような名前が望まれることもある。たとえば、ぜんそく治療薬のAdvair(アドベア、日本での商品名はアドエア)という名前は、air(空気)や呼吸に関してadvantage(優位性)があることを示唆している。フィデリーノ氏は、勃起不全に効果を発揮する薬としてFDAに初めて承認されたViagra(バイアグラ)の命名に参加した。この名前が選ばれたのは、「男性が勃起不全の克服において経験・達成したいと考えるvim(精力)、vigor(活力)、vitality(生命力)が表現されているから」だと氏は言う。このほか、製薬会社が、その薬がもつ独自性を強調しようと試みる例も少なくない。「新しく販売される医薬品には、どれも革新的な側面があります。病気に対して前例のない働きをするものだったり、まったく新しい作用の仕組みを活用するものだったりするわけ
最終的には、FDAが医薬品の商品名を承認する。その可否を判断するうえで、FDAが採用している方法のひとつに、一般に「POCA(表音と綴りのコンピューター分析)」と呼ばれるソフトウェアがある。POCAは高度なアルゴリズムを用いて、薬の名前が音声として発音されたときと処方箋として書かれたときの両方について、他の医薬品名との類似性を評価する。