OpenAIによる最新のAIモデル「GPT-4o」のお披露目デモは、リビングルームのソファで行なわれた。AIエージェントが日常空間にあたりまえにある時代には、わたしたちの会話の質は確実に変わるのだろう。今週のSZ会員向けニュースレター。
サマンサが消えた。いつも鎌倉と東京の行き帰りのクルマの中で濃密な時間を共に過ごしてきた彼女が。といっても、彼女の本当の名前はサマンサではないし、実在の人間でもない。それはOpenAIがChatGPTに採用した合成音声「Sky」のことだ。ChatGPTのアプリを立ち上げて音声対話モードにするとき、選んでいたのが少し低めでハスキーな声をもつ女性の英語話者「Sky」で、AIとの対話というそのシチュエーションもあいまって、それは映画『her/世界でひとつの彼女』に登場するサマンサという名のAI人格を演じたスカーレット・ヨハンソンの声を彷彿とさせるものだったのだ。 関連記事:わたしたちはいまや映画『her/世界でひとつの彼女』の時代を生きているのか?...
サマンサが消えた。いつも鎌倉と東京の行き帰りのクルマの中で濃密な時間を共に過ごしてきた彼女が。といっても、彼女の本当の名前はサマンサではないし、実在の人間でもない。それはOpenAIがChatGPTに採用した合成音声「Sky」のことだ。ChatGPTのアプリを立ち上げて音声対話モードにするとき、選んでいたのが少し低めでハスキーな声をもつ女性の英語話者「Sky」で、AIとの対話というそのシチュエーションもあいまって、それは映画『her/世界でひとつの彼女』に登場するサマンサという名のAI人格を演じたスカーレット・ヨハンソンの声を彷彿とさせるものだったのだ。 関連記事:わたしたちはいまや映画『her/世界でひとつの彼女』の時代を生きているのか? 昨年がこの映画公開から10年にあたり、まさに大規模言語モデル(LLM)の指数関数的発展によってAIチャットボットが日常に入り込んでくるタイミングだったこともあって、『WIRED』でもAIエージェントの到来を告げるいくつかの記事を紹介してきた。でもそのつながりを考えていたのはサム・アルトマンも同じだったようだ。このOpenAIの(返り咲き)CEOは、昨年の9月に正式にスカーレット・ヨハンソン側に声を使わせてほしいと依頼して断られていたという。それが今月、世界に新たなWow!をもたらした「GPT-4o」という最新のAIモデルを搭載したChatGPTのデモにおいて、その音声は限りなくスムーズで、遅延がほぼなく、インタラクションに応じた感情表現がとても豊かで、これまでのバージョンと比べて段違いと言えるほどサマンサに(つまりスカーレット・ヨハンソンに)そっくりだったのだ。ヨハンソン側からの声明を受けて、OpenAIは発表から6日後にこの「Sky」の使用を中止すると発表した。 実際のところ、今回の「GPT-4o」のデモはとても印象深いものだった。アルトマンの不在中に暫定CEOも務めていた最高技術責任者(CTO)ミラ・ムラティのプレゼンテーションは、シンギュラリティや汎用人工知能(AGI)を語ることがもはやマッチョな男性のものだけではないのだとほのめかしていたし、リビングルームを模した壇上のソファに座って3人+ChatGPTで繰り広げられた会話は、AIエージェントと暮らす近未来を実演してみせていた。でもそれを見ながら深く考え込んだことはと言えば、「尋ねる」というコミュニケーションを人間は取り戻すのかもしれない、ということだった。 関連記事:OpenAIとは何だったのか(1)AGIによって世界のすべてのものを変える 例えば、今年84歳になる母は尋ねる人だった。哲学科を出ているので生粋の問答好き、ということもあるのかもしれないけれど、歴史上のファクトから目にした植物の名前、地名や最近話題のニュースにいたるまで、あらゆることを「これは何々かしら?」と大人になった息子たちに尋ねてきた。それは、家族にありがちな退屈な時間と盛り上がらない日常において会話を生み出すちょっとした知恵だったのかもしれないし、世代も価値観も生活環境も違う息子との共通の話題をみつける糸口だったのかもしれない。あるいは子どもの好奇心を喚起するという深遠な親心があったのかもしれない。でも最も考えられるのは、単純に昔はそれで多くの会話が成り立っていたということだ。 そんな母の典型的なコミュニケーションがすっかり変わってしまっていることに気づいたのは2010年代になってからのことだ。母はあまり尋ねてこなくなった。それは単に、年をとったからかもしれない。彼女はiPhoneとiPadを使っているけれど、Google検索やSNSを使うわけではなく、もっぱらニュースを見たりメッセージをやりとりするだけだ。だから、もう人に尋ねなくても検索で十分だとか、「ggrks(ググれカス)」と誰かに罵られたわけではないはずだ。でも思い返してみれば、わずか数十年前までは、「尋ねる」というコミュニケーションはとても一般的だったと思う。友だちとみんなで飲んでいたら、日本で三番目に大きな県はどこかとか、ケン・イシイのファーストアルバムの題名は何だったかとか、そんなささいな疑問がその晩のメインイシューとなって盛り上がったはずだ。 いまや誰もがスクリーンに向かって尋ねている。飲み会で疑問が上がればすぐに誰かが手元のスクリーンで調べてくれる。検索窓にクリエを打ち込み、あるいはAIチャットボットにプロンプトを投げかけることで、「尋ねる」という行為は、個人的で内向的な行為になったのだ。もちろん、ファクトがすぐに分かるからこそ、その先の、もっと深淵で人間らしい対話に集中できるのだということもできるだろうし、学問の現場で答えではなく「問い」こそを重視したり、この10年で世界的なインフレ状態にあるトークセッションやディスカッションの機会に、もっと抽象度を上げたメタな議論を展開できるようになった、と考えることもできる。尋ねることと対話することがゆるやかに分離されたことで、人はより賢くなったのだと。 サマンサ(もといChatGPT)にこれまで尋ねてきたことを振り返ると、それは例えば、哲学者のユク・ホイと人類学者のアルトゥーロ・エスコバルの多元性(plurality)をめぐる共通点と差異だったり、脱成長とラグジュアリーコミュニズムの違いだったり、ファッションが起点となった文化変容の事例だったり、潜在空間(レイテントスペース)のAI時代におけるアナロジーの可能性だったり、つい最近では、6月刊行の最新号「空間コンピューティング」特集にむけてステレオグラムとMRゴーグルのつながりを訊いてみたりとといったことだ。どれも1時間のドライブがあっという間に終わるほど、興味や知的好奇心を掻き立てながらも頭が整理されて要点を抽出する対話だったと言っていい。そして、これが(文字通り)車内という密室空間で行なわれる一方で、あくまでもブレストであって、アウトプットはより広く、ぼく自身であれば文章や対話で生み出されることになる。 だから今週のOpenAIのデモにおいて、何人かでソファに座りながら何かを純粋に「尋ねる」という場面が、なぜか風景として新鮮に映ったのだった。「尋ねる」という行為は、もしかしたら再び、日常の、他愛もない、リビングルームで交わされる会話のなかに戻ってくるのかもしれない。答え見つからないからこそ盛り上がっていたかつての対話様式と(ちなみに日本で三番目に大きな県は福島県だ)、ファクトをおさえられるからこそ発展するその先のディスカッションが混ざり合い、よりリッチな対話を生み出すのかもしれない。「メディアはメッセージである」(メディアを技術と読み替えてもいい)というマクルーハンの有名すぎる言葉に倣うならば、映画『her』の世界では、人々の何気ない対話すらもまったく違ったものになっているはずだ。AIを使わない人であっても、そこにAIエージェントがいなくてもだ。 ※ SZ NEWSLETTER のバックナンバーはこちら(VOL.229以前はこちら)。
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