デビューから17年を経てもその人気は健在! 「フィアット500」が不変の人気を得た理由を考えた。
トレピューノが誕生した2004年のフィアットがどのような状態であったかを振り返ろう。当時の同社は、1996年から1998年まで会長を務めたチェーザレ・ロミティ氏による財務優先の経営の影響がまだ残っていた。その結果、競合他社を上回る商品性を備えた車種に乏しくなり、それが販売を直撃する。1997年に8.61%だった欧州でのシェアは、2003年には半分以下の4.03%にまで急落した(データ出典:Good car bad car)。
話は戻るが、トレピゥーノとほぼ“同期”のコンセプトカーとして、2003年ジュネーブで披露された「アルファ・ロメオ・カマル」や、同年のフランクフルトショーで公開された「ランチア・フルヴィア クーペ」があったが、それらはすべて量産には至らなかった。トレピゥーノのみが生き残ったかたちだ。創業一族に指名されて2004年6月にフィアットCEOに就任し、同社の再建に尽力した故セルジオ・マルキオンネ以下首脳陣の判断が彗眼だったことがわかる。 第2はイタリア社会の変容だ。この国では単身世帯の割合が1971年の12.9%から2019年には35.1%へと増加。対して、一世帯あたりの人数は1971年の3.5人に対し、2019年は2.29人へと減少している(データ出典:ISTAT)。「大きなクルマが要らない家庭」が増えているのである。
第3はイタリア人の自動車に対する嗜好(しこう)だ。わかりやすく言うなら「やや、おしゃれ好き」ということである。第847回に記した内容とやや重複するが、たとえ「フィアット・ヌオーヴァ500」と機構は同じでも「アウトビアンキ・ビアンキーナ」が、また現行「パンダ」と車台を共有していても先代「ランチア・イプシロン」を選ぶ人が一定数いた。そうした消費者心理を見事に受け止めたのである。「イタリア人」ということをもう少し掘り下げれば、500成功の背景には、つくり手のキャラクターもあった。先述のロベルト・ジョリート氏がかつて筆者に語ったところによると、彼が育った中部アンコーナの家には常にフィアットがあった。デザイナーを志す前、音楽院時代は「850パノラミカ」にコントラバスを積んで走り回っていた。生粋のフィアッティスタとして、イタリア人がどのようにフィアットを使ってきたかを熟知していたのである。
ジョリート氏といえば会話するたびに印象的なのが、デザイン以上に、いかに共用部品を活用したり、工夫してコストを下げたりしたかといった話を、それも熱く語ることだ。長年しっかり腰を据え、大衆車ブランドにつきまとう問題を熟知したデザイナーがいたからこそ、ヒット作500が生まれたのである。
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