2025年2月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト5をお送りします。ビジネス部門の第3位は――。第1位フジテレビと共倒れ…「スポンサー離れよりずっと深刻…|BIGLOBEニュース
気化がない、という話にハッとしたのだが、たしかに森島酒造の蔵では、搾り機のある冷蔵庫に入るまで、 日本酒 の蔵で香る、ほの甘い香りを感じなかった。冷蔵庫内の香りは、搾った際に飛んだ飛沫の香りが数年染みついた結果だそうだ。これこそ、香りをほとんど逃さず瓶の中に残せている証拠なのだろう。森嶋さんにとって、もうひとつ酒造りに欠かせない意外なものがある。掃除だ。とにかく汚れたらなるべく早く掃除、ゴミは直ちにゴミ箱へ。そして、1つの工程を終えた後も必ず掃除をする。合計で毎日10回以上、造り手全員で掃除をするそうだ。 とはいえ、特殊な内容ではない。タンクはデッキブラシやスポンジブラシで汚れを残さずブラッシング。床は、ほうきで掃く。お米がほうきにくっついたり飛んでいきやすかったりするため、何度も同じところを掃いて「米を取り切る」のが大事だという。残ると人が踏んでしまうからだ。もろみや酒などもそうだが、人が踏むと靴の裏について、歩くたびに汚れが広がってしまう。それを最小限に抑えるため、マメに掃除するのだ。掃除に加えて、そもそも、こぼさない工夫もしている。新人には各工程を実演して見せ、「お米を水につけるときは、はじめはゆっくり、後からスピードをあげて、またゆっくり」などと細かく指導する。汚れなければ、掃除が減って作業も早く終わる。それが理想だからだ。そこまでするほど、清掃と酒のおいしさには関係があるのだろうか。森嶋さんは、「おいしいお酒とは、“人がおいしくないと感じる味がない酒”なんです」と説明する。「おいしくない味」はどこからくるのかというと、非衛生的な部分なのだと。 たとえば天井から埃が落ちて、そのなかの微生物が繁殖してしまったりすると、「おいしくない味」が生じる。なにかすっきりしない、キレが悪い、喉にひっかかる酒になるそうだ。繊細な人間の舌は、「おいしくない味」を敏感に感じてしまうのだ。 森島酒造もかつて掃除が徹底できていなかったときは、酒の味が垢抜けなかったそうだ。ひと皮、ふた皮剥けない。売れている全国の酒と飲み比べたときに、「なんだか田舎っぽい味」がしたという。あるとき、垢抜けた酒造りをする蔵を見せてもらって、隅々まで掃除が行き届いていることに驚いた。 「いくらいい米を使っていても、作業するのは人であり道具、機械です。汚いと雑菌を持ち込んでしまう。使用している道具まですべて衛生的でないといけないと知りました。そういう基本が成功につながるのは、どんな酒、仕事にも共通することだと気が付いたのです」それまでは作業に追われ、掃除は「ついで」や「時間があるとき」になりがちだった。そこで、掃除時間を作業時間内に細かく設定したという。人員も増やし、余裕をもって掃除の時間が取れるよう、少しずつ試行錯誤して清掃習慣を構築した。今ではかなり余裕をもって掃除ができるようになり、他の酒造で働いた経験がある従業員からは、「ここまでやっていてすごい」と「ここは掃除が大変」、両方の声が聞かれるという。徹底したデータ管理と温度コントール、そして掃除。森嶋さんのこだわりが随所に詰まった酒造りだが、現在のスタイルになったのは2011年、東日本大震災がきっかけだった。震度6強の揺れで、蔵が大きな被害を受けたのだ。森島酒造の蔵は珍しい石蔵だ。太平洋戦争で空襲を受けた際、日立の軍需工場のもらい火を受けて全焼したため、祖父が「焼けないように」と栃木県から大谷石を買い付けて建てたそうだ。その頃の森嶋さんは、2006年に茨城県出身者として初の南部杜氏資格に合格を果たし、跡継ぎとして蔵の未来を模索していた。というのも、酒蔵のあり方が2000年代に入り、大きく変化していたからだ。外部から「杜氏集団」を呼んで酒造りをしてもらうのではなく、蔵元自らが杜氏となる潮流が全国ではじまっていた。森嶋さんも、自らが杜氏になる必要性を感じはじめた、その時期の震災だった。蔵を支えていた石の多くが割れたり、ひびが入ったりしてしまった。一石ずつ修繕しながら、「覚悟を決めた一杯」をつくろうと考えたという - 撮影=プレジデントオンライン編集部「これまで私たちは、お酒を飲んでくれている地域の人たちに支えられてきました。そんな人たちが多かれ少なかれ被害を受けて、気を落としている。うちが廃業したらもっとがっかりするのでは。なるべく火を絶やさずに復興して、励みになりたいと思ったのです」 だが、修理には莫大な費用がかかる。ならば覚悟を決めて自分が杜氏として一旗上げよう。人生を賭けて、蔵の代表銘柄『富士大観』に並ぶ新ブランドを生み出そう——。そう決意して2015年、森嶋さんは杜氏に就任する。オーナーが杜氏に就任するのは150年の歴史のなかで初めてのこと。大きな転換期だった。重責を背負って、新ブランド作りが始動した。 森嶋さんが目指したのは、少なくとも30年間は愛される、飽きのこない味わいとラベルデザインだ。「失敗したら酒造りをやめよう」と退路を断ち、かけた歳月は中身に10年、ネーミング、デザインに5年。じっくりと丁寧に作り込んでいった。 10年の内訳はこうだ。まずは、自分が飲みたい酒を整理するのに3年をかけた。どんな味をつくるか。井戸で汲み上がる、ミネラリーで硬度が高い水をどう生かすのか。考えはまとまらず、とにかく、数多くの蔵の酒を飲み比べて経験値、引き出しを増やした。「本当に自分が好きな味」「据わりがしっくりくる味」を模索していったという。ようやく味が決まってからは残りの7年を、その味を実現するための冷蔵設備の導入と麹、もろみ、酒母づくり、温度調整に費やした。というのも、酒造りは気候的に1年に1回しかできない。毎年味はグレードアップしたが、完成までは歳月が必要だったのだ。「蔵の命ともいえる酒造りの技をどう聞き出すかは難題でした。真正面から聞いても、『なんでお前に?』と言われてしまいます。教えてもらえる人間関係を築きながら、『ポロッと答えたくなるいい質問はどんなものか』を考えに考えたのです。相手の雰囲気を見ながら、ときには杯を酌み交わしながら、深い話を聞いていきました」他方、新ブランドのネーミング、ラベルデザインでは、まず、覚悟の証として自身の名前『森嶋』の名を冠した。次にキャッチフレーズとして、「一石投じる一杯を」が採用された。ブランディングとデザインを担当した「TRUNK」の笹目亮太郎さんは、その理由をこう語る。■ JAL の提供酒にも選ばれた『森嶋』の味とは 「森嶋さんに、『なぜ酒造りをしているんですか?』と聞いたところ、『海のそばの工業地帯という不利な状況でも、うまい酒がつくれるんだと証明したい』という答えが返ってきたのです。もの静かな森嶋さんが秘める熱い想いに驚き、それをライターさんに形にしてもらった言葉が、『一石投じる一杯を』でした」 ラベルデザインはこのキャッチフレーズに呼応するように、震災で崩れ落ちた蔵の「石片」が採用された。実は、キャッチフレーズが完成した後に笹目さんが蔵を訪れた際に発見し、「困難を乗り越える不屈の姿勢」を込めるのにぴったりだと直感したそうだ。同時に、「海のそばではおいしい酒をつくれない」という固定概念を覆し、飲み手に、そして森嶋さん自身にも「一石投じる」姿勢を忘れずにいたいという想いも込められた。 こうした試行錯誤を経て、ついに誕生した新ブランドが『森嶋』シリーズだ。発売すぐに人気に火がつき、純米大吟醸酒(瓶燗火入れ)の『森嶋25+ SILVER』は、 JAL の国際線ファーストクラス提供酒として2023年12月〜2024年2月まで採用された。『森嶋』は5つの酒米を使い分けており、純米大吟醸2種、純米吟醸3種、純米酒1種を擁している。米や種類で味は少しずつ変わるが、基本の味は「フレッシュで軽快」。森嶋さんはこう説明する。 「ピチピチとした鮮度やハリ、ガス感とともに、透明感、飲みやすさ、控えめな香り、ほどよい酸味、適度な苦渋味があります。いずれも突出せず、バランスがいいのが特徴。最大のポイントは『モダンさとクラシック感が融合している』点にあります」.
気化がない、という話にハッとしたのだが、たしかに森島酒造の蔵では、搾り機のある冷蔵庫に入るまで、日本酒の蔵で香る、ほの甘い香りを感じなかった。冷蔵庫内の香りは、搾った際に飛んだ飛沫の香りが数年染みついた結果だそうだ。これこそ、香りをほとんど逃さず瓶の中に残せている証拠なのだろう。森嶋さんにとって、もうひとつ酒造りに欠かせない意外なものがある。掃除だ。とにかく汚れたらなるべく早く掃除、ゴミは直ちにゴミ箱へ。そして、1つの工程を終えた後も必ず掃除をする。合計で毎日10回以上、造り手全員で掃除をするそうだ。 とはいえ、特殊な内容ではない。タンクはデッキブラシやスポンジブラシで汚れを残さずブラッシング。床は、ほうきで掃く。お米がほうきにくっついたり飛んでいきやすかったりするため、何度も同じところを掃いて「米を取り切る」のが大事だという。残ると人が踏んでしまうからだ。もろみや酒などもそうだが、人が踏むと靴の裏について、歩くたびに汚れが広がってしまう。それを最小限に抑えるため、マメに掃除するのだ。掃除に加えて、そもそも、こぼさない工夫もしている。新人には各工程を実演して見せ、「お米を水につけるときは、はじめはゆっくり、後からスピードをあげて、またゆっくり」などと細かく指導する。汚れなければ、掃除が減って作業も早く終わる。それが理想だからだ。そこまでするほど、清掃と酒のおいしさには関係があるのだろうか。森嶋さんは、「おいしいお酒とは、“人がおいしくないと感じる味がない酒”なんです」と説明する。「おいしくない味」はどこからくるのかというと、非衛生的な部分なのだと。 たとえば天井から埃が落ちて、そのなかの微生物が繁殖してしまったりすると、「おいしくない味」が生じる。なにかすっきりしない、キレが悪い、喉にひっかかる酒になるそうだ。繊細な人間の舌は、「おいしくない味」を敏感に感じてしまうのだ。 森島酒造もかつて掃除が徹底できていなかったときは、酒の味が垢抜けなかったそうだ。ひと皮、ふた皮剥けない。売れている全国の酒と飲み比べたときに、「なんだか田舎っぽい味」がしたという。あるとき、垢抜けた酒造りをする蔵を見せてもらって、隅々まで掃除が行き届いていることに驚いた。 「いくらいい米を使っていても、作業するのは人であり道具、機械です。汚いと雑菌を持ち込んでしまう。使用している道具まですべて衛生的でないといけないと知りました。そういう基本が成功につながるのは、どんな酒、仕事にも共通することだと気が付いたのです」それまでは作業に追われ、掃除は「ついで」や「時間があるとき」になりがちだった。そこで、掃除時間を作業時間内に細かく設定したという。人員も増やし、余裕をもって掃除の時間が取れるよう、少しずつ試行錯誤して清掃習慣を構築した。今ではかなり余裕をもって掃除ができるようになり、他の酒造で働いた経験がある従業員からは、「ここまでやっていてすごい」と「ここは掃除が大変」、両方の声が聞かれるという。徹底したデータ管理と温度コントール、そして掃除。森嶋さんのこだわりが随所に詰まった酒造りだが、現在のスタイルになったのは2011年、東日本大震災がきっかけだった。震度6強の揺れで、蔵が大きな被害を受けたのだ。森島酒造の蔵は珍しい石蔵だ。太平洋戦争で空襲を受けた際、日立の軍需工場のもらい火を受けて全焼したため、祖父が「焼けないように」と栃木県から大谷石を買い付けて建てたそうだ。その頃の森嶋さんは、2006年に茨城県出身者として初の南部杜氏資格に合格を果たし、跡継ぎとして蔵の未来を模索していた。というのも、酒蔵のあり方が2000年代に入り、大きく変化していたからだ。外部から「杜氏集団」を呼んで酒造りをしてもらうのではなく、蔵元自らが杜氏となる潮流が全国ではじまっていた。森嶋さんも、自らが杜氏になる必要性を感じはじめた、その時期の震災だった。蔵を支えていた石の多くが割れたり、ひびが入ったりしてしまった。一石ずつ修繕しながら、「覚悟を決めた一杯」をつくろうと考えたという - 撮影=プレジデントオンライン編集部「これまで私たちは、お酒を飲んでくれている地域の人たちに支えられてきました。そんな人たちが多かれ少なかれ被害を受けて、気を落としている。うちが廃業したらもっとがっかりするのでは。なるべく火を絶やさずに復興して、励みになりたいと思ったのです」 だが、修理には莫大な費用がかかる。ならば覚悟を決めて自分が杜氏として一旗上げよう。人生を賭けて、蔵の代表銘柄『富士大観』に並ぶ新ブランドを生み出そう——。そう決意して2015年、森嶋さんは杜氏に就任する。オーナーが杜氏に就任するのは150年の歴史のなかで初めてのこと。大きな転換期だった。重責を背負って、新ブランド作りが始動した。 森嶋さんが目指したのは、少なくとも30年間は愛される、飽きのこない味わいとラベルデザインだ。「失敗したら酒造りをやめよう」と退路を断ち、かけた歳月は中身に10年、ネーミング、デザインに5年。じっくりと丁寧に作り込んでいった。 10年の内訳はこうだ。まずは、自分が飲みたい酒を整理するのに3年をかけた。どんな味をつくるか。井戸で汲み上がる、ミネラリーで硬度が高い水をどう生かすのか。考えはまとまらず、とにかく、数多くの蔵の酒を飲み比べて経験値、引き出しを増やした。「本当に自分が好きな味」「据わりがしっくりくる味」を模索していったという。ようやく味が決まってからは残りの7年を、その味を実現するための冷蔵設備の導入と麹、もろみ、酒母づくり、温度調整に費やした。というのも、酒造りは気候的に1年に1回しかできない。毎年味はグレードアップしたが、完成までは歳月が必要だったのだ。「蔵の命ともいえる酒造りの技をどう聞き出すかは難題でした。真正面から聞いても、『なんでお前に?』と言われてしまいます。教えてもらえる人間関係を築きながら、『ポロッと答えたくなるいい質問はどんなものか』を考えに考えたのです。相手の雰囲気を見ながら、ときには杯を酌み交わしながら、深い話を聞いていきました」他方、新ブランドのネーミング、ラベルデザインでは、まず、覚悟の証として自身の名前『森嶋』の名を冠した。次にキャッチフレーズとして、「一石投じる一杯を」が採用された。ブランディングとデザインを担当した「TRUNK」の笹目亮太郎さんは、その理由をこう語る。■JALの提供酒にも選ばれた『森嶋』の味とは 「森嶋さんに、『なぜ酒造りをしているんですか?』と聞いたところ、『海のそばの工業地帯という不利な状況でも、うまい酒がつくれるんだと証明したい』という答えが返ってきたのです。もの静かな森嶋さんが秘める熱い想いに驚き、それをライターさんに形にしてもらった言葉が、『一石投じる一杯を』でした」 ラベルデザインはこのキャッチフレーズに呼応するように、震災で崩れ落ちた蔵の「石片」が採用された。実は、キャッチフレーズが完成した後に笹目さんが蔵を訪れた際に発見し、「困難を乗り越える不屈の姿勢」を込めるのにぴったりだと直感したそうだ。同時に、「海のそばではおいしい酒をつくれない」という固定概念を覆し、飲み手に、そして森嶋さん自身にも「一石投じる」姿勢を忘れずにいたいという想いも込められた。 こうした試行錯誤を経て、ついに誕生した新ブランドが『森嶋』シリーズだ。発売すぐに人気に火がつき、純米大吟醸酒(瓶燗火入れ)の『森嶋25+ SILVER』は、JALの国際線ファーストクラス提供酒として2023年12月〜2024年2月まで採用された。『森嶋』は5つの酒米を使い分けており、純米大吟醸2種、純米吟醸3種、純米酒1種を擁している。米や種類で味は少しずつ変わるが、基本の味は「フレッシュで軽快」。森嶋さんはこう説明する。 「ピチピチとした鮮度やハリ、ガス感とともに、透明感、飲みやすさ、控えめな香り、ほどよい酸味、適度な苦渋味があります。いずれも突出せず、バランスがいいのが特徴。最大のポイントは『モダンさとクラシック感が融合している』点にあります」
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