ビヨンセの新アルバム『カウボーイ・カーター』が発売された。差別的な慣習が残るカントリーミュージックのあり方を問うアルバムに対するファンのリアクションからは、現代のファンダム(ファンのコミュニティ)の風潮が垣間見える。
誰も話したがらない、完全に隠されてもいない醜悪な事実があるので、そこから話を始めよう。黒人女性は世界で嫌われている。特に米国では反黒人主義が空気のように存在し、目に見えないところにまで広がっている。ワシントンの重要な政府機関やフォーチュン500に選出された企業のトップ層まで見渡しても、黒人は至るところで低く扱われているのだ。こうした反黒人主義があること、それも何世代も超えて引き継がれてきたことで、音楽界で最も強力な影響力をもつビヨンセでさえも、黒人女性嫌悪(misogynoir)の牙から逃れることができない。 このような話を聞いたことがあるかもしれない。ある黒人女性は、ここにあなたの居場所はない、歓迎されていないと言われたので、自分で自分の道を切り拓くことにした。これが、ビヨンセが3月のInstagram投稿で、新しいカントリーミュージックのアルバム『カウボーイ・カーター』の発表と共に伝えた内容である。...
誰も話したがらない、完全に隠されてもいない醜悪な事実があるので、そこから話を始めよう。黒人女性は世界で嫌われている。特に米国では反黒人主義が空気のように存在し、目に見えないところにまで広がっている。ワシントンの重要な政府機関やフォーチュン500に選出された企業のトップ層まで見渡しても、黒人は至るところで低く扱われているのだ。こうした反黒人主義があること、それも何世代も超えて引き継がれてきたことで、音楽界で最も強力な影響力をもつビヨンセでさえも、黒人女性嫌悪(misogynoir)の牙から逃れることができない。 このような話を聞いたことがあるかもしれない。ある黒人女性は、ここにあなたの居場所はない、歓迎されていないと言われたので、自分で自分の道を切り拓くことにした。これが、ビヨンセが3月のInstagram投稿で、新しいカントリーミュージックのアルバム『カウボーイ・カーター』の発表と共に伝えた内容である。 「この音楽のジャンルに参入しようとしたとき批判に直面したが、わたしは突きつけられた制限を突破するよう駆り立てられた」と書いている。ほかの音楽ジャンルと異なり、カントリーミュージックの分野は特定の人たちを排除することで悪名高い。このジャンルの歴史は米国の古い偏見に満ちており、どんな地位や社会的立場の人もそれを変えることはできないのだ。 ここにある大きな皮肉は、もちろん『カウボーイ・カーター』が発売されたことだ。このアルバムはビヨンセが2022年発売の『ルネッサンス』で始めた、歴史と音楽を再考する三部作プロジェクトの第二弾となる。ビヨンセは“奪われた機会を取り戻す”使命を追求しているのだ。 巨大な影響力とファンコミュニティ このような難しいことさえ達成できる稀代のアーティストであるビヨンセは、いまや音楽以上のものを象徴する存在となっている。ビヨンセ自身がひとつの産業なのだ。彼女には大胆で揺るぎない影響力があり、アルバムの発売やInstagramの投稿、製品発表を待ち望んでいるファンベースがある。 ビヨンセを仕事に駆り立てるモチベーションに同意するかどうか(これはビヨンセのように作品を大規模に展開しているアーティストに対する適切な批評かもしれない。人々の生活のあらゆる領域に及ぶ大きな影響力の是非を問う必要がある点は間違いない)は別として、ビヨンセほどカントリーミュージックという参入が難しい分野(そしてこの分野の過去と現在、および直近の未来)に人々の意識を向けられる現代の黒人ミュージシャンはいないだろう。ビヨンセは人々が話をするきっかけをつくれるのだ。 「ビヨンセを怒らせたことに対して、CMAに感謝したいくらいだ」と、Xユーザーの@gardenoutroはアルバムが正式に発表された直後である金曜日の深夜0時過ぎに投稿した。これは、カントリーミュージック協会のメンバーに後に敬遠された、ビヨンセによる2016年のディクシー・チックスとの共演に言及した発言だ。 軽視された回顧録的なアルバムである『レモネード』、空想的な要素を取り入れた『ルネッサンス』(自由と愛の邪魔をするものがない、ディスコ調の夢想的な音楽だった)に対して、実体験と小説的な要素を織り交ぜた「Daughter」や「Spaghettii」などの曲で構成される『カウボーイ・カーター』は自伝小説のように展開される。これがカントリーミュージックを未踏の地へと導いているのだ。「27曲のすべてがよい曲だと、聴くのがあっという間だ」と、ソングライターのロブ・ミルトンはXに投稿している。 これがビヨンセ効果の特徴のひとつでもある。ビヨンセの世界は批判を寄せ付けない。インターネット、特にソーシャルメディアでは、この新しいアルバムは非常に注目されている。それは多くの人が高く評価している結果だが、異論や批判的な見解の対象となることは稀だ。 「多くの人はいまでも、自分よりも大きな何かに参加したいと思っています。ファンダムはそれを可能にします。しかし、それはユートピアのような空間ではありません」と、ファンダムについて研究しているチェスター大学の教授のマーク・ダフェットは話す。「社会が抱える懸念や問題は、ファンコミュニティにも反映されています。ファンダムも広い社会という世界の一部である事実から逃れられません」 ビヨンセの音楽がいかに影響力があろうと、ビヨンセのアルバムの発売は、皆で共有する場所としてのインターネットの虚構を暴くものだ。インターネットはひとつではなく、いくつにも分かれている。そしてその最も過激な形態では、孤立した環境でファンの意見が醸成される。ほかのファンカルチャー同様ビヨンセの“インターネット”では、仲間同士のエコーチェンバー内で意見が増幅されるのだ。 やがてファンの意見は盲目的な熱狂に変わり、同意しない者たちを拒絶するようになる。そしてファンの意見は、バランスの取れた批評と衝突する。それが、バーブス(ニッキー・ミナージュのファンの総称)やビリーバーズ(ジャスティン・ビーバーのファン)、ハイブ(ビヨンセのファン)といったファンコミュニティによる度重なる激しい攻撃、そしてときには非合理的で突飛な行動を招くのだ。 ファンダムが生み出すモノカルチャー ブリタニー・ルーセは、ニューヨークのグッゲンハイム美術館の正面に投影された『カウボーイ・カーター』の広告についてコメントしたとき、脅迫されるとは思っていなかった。とはいえ、「ハイブはビヨンセへのあらゆる批判、ひいては誰かのちょっとした意見にも過剰に反応するので、何も起こらないとは考えてはいませんでした」とルーセは話す。 ルーセはNPRのポップカルチャーがテーマのポッドキャスト「It’s Been a Minute」のホストであり、ビヨンセのファンでもある。「オンラインではあまり目立たないようにしています。ソーシャルメディア上では、スウィフティーズ(テイラー・スウィフトのファン)やマノスフィアからの激しい攻撃に対処したことが過去に数回あっただけで、殺害の脅迫はありませんでした。ストレスに感じるべきなのでしょうが、わたしはただ困惑しただけです。この広告が好きではないと言っただけで締め殺すと言われるのは、大げさすぎます」 とはいえ、それが現代のインターネット上のファンダムの風潮なのだ。対象のセレブを敬わない人は、トニー・ソプラノ式の脅迫に遭遇するということだ。 ソーシャルメディアの台頭と持久性は、部分的にはファンカルチャーの解体につながった。Facebook、Twitter、Instagramは人々を近づけたのだ。人々のつながりを促進するプラットフォームは、新進気鋭のアーティストを興行的に大成功するスターへと押し上げた。しかし、これにはコストが伴う、とルーセは話す。セレブとすぐにつながれることで、人と人との関係性は完全に変わってしまったのだ。 「お気に入りのセレブから無限に思えるコンテンツの供給を受け、ほかのファンと簡単に知り合うことができます。もちろん、これはうれしいことです」と話す。「でも、いつでもすぐにつながれることは、少なくとも部分的には、一部の人たちが周りの人を敵か味方かで判断し、お気に入りのアーティストを守ろうと攻撃モードになることを後押ししています」 関連記事:中間層のクリエイターを支えてくれる、「多元的な資産としてのファンダム」:連載「For Creators」第10回 とはいえ、問題はこうした過激なファンダムが存在することではなく、それがどのような場所を拠点として活動し、コミュニティを形成するかという点にあるのかもしれない。「もうひとつ起きていることは、ファン同士がソーシャルメディアで交流する際に、そのコミュニケーションの仕方がファン以外の人が見たり、理解したりすることを考慮したものではないことです」と話す。「これはコミュニティが自らを維持しつつ、より広い公共の場でのコミュニケーションを取れるかどうかという問題を提起しています」 ビヨンセは、モノカルチャーがほぼ絶滅した時代におけるモノカルチャーを象徴している。彼女にとって極端なファンダムはキャリアの安定と上昇をもたらすものだ。これに欠点があることは疑いの余地はないが、ビヨンセのコミュニティに参加している人たちも重要な役割を担っている。 ビヨンセの目の前でドアが閉じられ、中に入るなと言われる。全米レコード芸術科学アカデミーが「最優秀アルバム賞」の授与を2度見送る。そんなとき、彼女のファンたちはビヨンセに彼女らしくカントリーミュージックを再考する権限を与えるのだ。そしてその過程で新しい道が開かれることもあるかもしれない。「ビヨンセが今後、グラミー賞について言及しなければかっこいいと思います」とルーセはXに投稿している。「これほどのことを実現できるなら、そんなことはもう気にならないでしょう」 (Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma) ※『WIRED』によるビヨンセの関連記事はこちら。 Related Articles ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら。
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