1975年、北海道生まれ。 作家・活動家。 2000年、 自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。 以来、「生きづらさ」についての著作を発表する一方、06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。メディアなどでも積極的に発言。311以降は脱原発運動にも取り組む。 2007年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)はJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。 著書に『14歳からの原発問題』『14歳からわかる生活保護』『14歳からわかる生命倫理』(河出書房新社)、『小心者的幸福論』(ポプラ社)、『排除の空気に唾を吐け』(講談社新書)、小説『バンギャル ア...
「もちろん連帯が必要な時はそうしたいが、この数年、『〇〇の一派のあいつが言ってる』というだけで聞く耳を持ってもらえない現実にぶち当たってきた。そうして誰かとつるみ、『〇〇派』に属したら、弱い私はそこでの『身内受け』を気にしてしまうだろう。そして誰かの『仲間』になることによって安心し、本気で言葉を届けたい人、届けるべき人に届けることをサボってしまうだろう。自省しつつ、これまでの十数年、もっと言えば、自分が「リベラル」と分類されるようになった2006年頃からのことを振り返っている。 そもそも私がリベラル勢と認識されるようになったのは、 貧困問題 をメインテーマとし始めたから。そのきっかけは、同世代の「死にたい」人の多さだった。自分自身もその一人で、フリーター時代はリストカットや自殺未遂を繰り返していた。一方、社会的な事象としては、1990年代後半頃から「死にたい若者」や「リストカット」が注目され、2003年には「ネット心中」が流行。周りからもネット心中の死者が出るだけでなく、90年代後半から2000代にかけて、多くの友人知人を自殺という形で亡くした。自殺か事故かわからないケースも少なくなかった。 そんなふうに「生きられない」同世代(当時はまだ ロスジェネ という言葉などない)の背景には、個人的な心の問題だけでなく、何か大きな「構造」の問題があるのではないか──。そんなことを考えていた2006年、「プレカリアート」(不安定なプロレタリアートという意味の造語)という言葉と出会い、生きづらさの背景には、市場競争に勝ち抜くことのみを価値とするような新自由主義的な空気があるのではと思い至り、急に社会に目が開かれたというのが経緯である。Advertisement と、そんなこんなで急に社会に目が向いた瞬間、私には「リベラル」「左派」的なレッテルが貼られるようになり、最初は非常に戸惑ったのだが、06年からの数年間は、自分の言葉が「まったくの無関心層」に届いている実感があった。活動を始めた翌年の07年には私たちの世代が「 ロスジェネ 」と名付けられ、その翌年には秋葉原で25歳の派遣社員が無差別殺傷事件を起こし、9月のリーマンショックを受けて年末年始には日比谷公園に「年越し派遣村」が出現した。そう思った時、スッと背筋が寒くなった。もちろん、ブームが去ったことは大きい。が、活動の中で「賛同者」が増え、また同じ方向を向く人たちとの出会いが増える中で、私はまったくの無関心層に言葉を届けることを、どこかサボっていったのではないだろうか。その中で、小手先の「ファンサ」ばかりがうまくなり、気がつけば常にどこかで「お得意様」からの視線を意識していたのではないだろうか。 そんな自分を猛烈に反省しつつ、もっともっとできることがあったのでは、という思いに 参院選 以降、取り憑かれている。もちろん、自分にそれほど大きな力があるなんて思ってないけれど、それでも、もう少し違うやり方ができたのでは、と。Advertisementその人──仮にAさんとする──は、あるカルトとも言われる団体に所属している。それでも年に何度か会う機会があったのだが、コロナ禍以降、会う機会はなくなっていた。なんでもその団体の方針が変わり、外部の人との接触が厳しくなったらしい。「ひさしぶりー、元気だった?」と声をかけ、「〇〇さん(共通の知人)もAさんと会えなくて心配してたんだよ」と言うと、Aさんは突然、泣き出したのだという。Aさんは、端から見ればカルト団体に所属し、バリバリに「洗脳」中の身である。が、そんなAさんの中にも深い迷いや惑いがあり、ちょうどその時が臨界点を超えそうな時期だったのだろう。それが「〇〇さんも心配してるよ」の一言で、決壊したのだろう。 Aさんの立場を考えると、長い期間カルト団体に所属し、そこ以外の居場所も人間関係もほぼない状態。そうなると、どんなに団体に疑問を持っても「離れる」という選択肢はないように思う。唯一の居場所と人間関係を失うのだ。しかも世間は自分を敵視していると思っているし、事実、敵視されてもいる。 さて、今後、コアな 参政党 支持者の中からも迷う人が多く出てくるだろう。そんな時、奇跡的にでも私の言葉が届いたら……という思いが私の中にはある。なぜなら私は元右翼という身。これまで、「右翼を抜けたい」という相談を受けてきたこともある。私が右翼団体にいた90年代と違い、今はそれで生活している人もいる。こうなると大変だ。右翼に限らず、なんらかのコアな支持者でそれが仕事と直結している人であれば共通する問題だろう。これは一部のリベラルにも言えることではないか。それが生業というわけでなくとも、リベラルの人の中にはそこから抜けたら人間関係や職場に響くという人も少なくないだろう。何かの支持をやめるとは時にそういうことであり、これまで所属した場所から敵視され、味方も知り合いも一人もいない場所に放たれることと同義である。統一教会の二世が、そこしか知り合いがおらず、世の中の人は「サタン」と教えられているから逃れられないこととも共通する部分があるだろう。よって私は、 参政党 については批判しつつも、支持者の人を頭ごなしに否定したりはしないと決めている(もちろん、差別やデマについて抗議するのは当然として)。右翼の時、さんざん「バカ」「無知」「愚か」と言われたことが、私を一層頑なにしたからだ。.
「もちろん連帯が必要な時はそうしたいが、この数年、『〇〇の一派のあいつが言ってる』というだけで聞く耳を持ってもらえない現実にぶち当たってきた。そうして誰かとつるみ、『〇〇派』に属したら、弱い私はそこでの『身内受け』を気にしてしまうだろう。そして誰かの『仲間』になることによって安心し、本気で言葉を届けたい人、届けるべき人に届けることをサボってしまうだろう。自省しつつ、これまでの十数年、もっと言えば、自分が「リベラル」と分類されるようになった2006年頃からのことを振り返っている。 そもそも私がリベラル勢と認識されるようになったのは、貧困問題をメインテーマとし始めたから。そのきっかけは、同世代の「死にたい」人の多さだった。自分自身もその一人で、フリーター時代はリストカットや自殺未遂を繰り返していた。一方、社会的な事象としては、1990年代後半頃から「死にたい若者」や「リストカット」が注目され、2003年には「ネット心中」が流行。周りからもネット心中の死者が出るだけでなく、90年代後半から2000代にかけて、多くの友人知人を自殺という形で亡くした。自殺か事故かわからないケースも少なくなかった。 そんなふうに「生きられない」同世代(当時はまだロスジェネという言葉などない)の背景には、個人的な心の問題だけでなく、何か大きな「構造」の問題があるのではないか──。そんなことを考えていた2006年、「プレカリアート」(不安定なプロレタリアートという意味の造語)という言葉と出会い、生きづらさの背景には、市場競争に勝ち抜くことのみを価値とするような新自由主義的な空気があるのではと思い至り、急に社会に目が開かれたというのが経緯である。Advertisement と、そんなこんなで急に社会に目が向いた瞬間、私には「リベラル」「左派」的なレッテルが貼られるようになり、最初は非常に戸惑ったのだが、06年からの数年間は、自分の言葉が「まったくの無関心層」に届いている実感があった。活動を始めた翌年の07年には私たちの世代が「ロスジェネ」と名付けられ、その翌年には秋葉原で25歳の派遣社員が無差別殺傷事件を起こし、9月のリーマンショックを受けて年末年始には日比谷公園に「年越し派遣村」が出現した。そう思った時、スッと背筋が寒くなった。もちろん、ブームが去ったことは大きい。が、活動の中で「賛同者」が増え、また同じ方向を向く人たちとの出会いが増える中で、私はまったくの無関心層に言葉を届けることを、どこかサボっていったのではないだろうか。その中で、小手先の「ファンサ」ばかりがうまくなり、気がつけば常にどこかで「お得意様」からの視線を意識していたのではないだろうか。 そんな自分を猛烈に反省しつつ、もっともっとできることがあったのでは、という思いに参院選以降、取り憑かれている。もちろん、自分にそれほど大きな力があるなんて思ってないけれど、それでも、もう少し違うやり方ができたのでは、と。Advertisementその人──仮にAさんとする──は、あるカルトとも言われる団体に所属している。それでも年に何度か会う機会があったのだが、コロナ禍以降、会う機会はなくなっていた。なんでもその団体の方針が変わり、外部の人との接触が厳しくなったらしい。「ひさしぶりー、元気だった?」と声をかけ、「〇〇さん(共通の知人)もAさんと会えなくて心配してたんだよ」と言うと、Aさんは突然、泣き出したのだという。Aさんは、端から見ればカルト団体に所属し、バリバリに「洗脳」中の身である。が、そんなAさんの中にも深い迷いや惑いがあり、ちょうどその時が臨界点を超えそうな時期だったのだろう。それが「〇〇さんも心配してるよ」の一言で、決壊したのだろう。 Aさんの立場を考えると、長い期間カルト団体に所属し、そこ以外の居場所も人間関係もほぼない状態。そうなると、どんなに団体に疑問を持っても「離れる」という選択肢はないように思う。唯一の居場所と人間関係を失うのだ。しかも世間は自分を敵視していると思っているし、事実、敵視されてもいる。 さて、今後、コアな参政党支持者の中からも迷う人が多く出てくるだろう。そんな時、奇跡的にでも私の言葉が届いたら……という思いが私の中にはある。なぜなら私は元右翼という身。これまで、「右翼を抜けたい」という相談を受けてきたこともある。私が右翼団体にいた90年代と違い、今はそれで生活している人もいる。こうなると大変だ。右翼に限らず、なんらかのコアな支持者でそれが仕事と直結している人であれば共通する問題だろう。これは一部のリベラルにも言えることではないか。それが生業というわけでなくとも、リベラルの人の中にはそこから抜けたら人間関係や職場に響くという人も少なくないだろう。何かの支持をやめるとは時にそういうことであり、これまで所属した場所から敵視され、味方も知り合いも一人もいない場所に放たれることと同義である。統一教会の二世が、そこしか知り合いがおらず、世の中の人は「サタン」と教えられているから逃れられないこととも共通する部分があるだろう。よって私は、参政党については批判しつつも、支持者の人を頭ごなしに否定したりはしないと決めている(もちろん、差別やデマについて抗議するのは当然として)。右翼の時、さんざん「バカ」「無知」「愚か」と言われたことが、私を一層頑なにしたからだ。
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