Beyond the Breaking News

【細川たかし 我が道15】萩本さんとの出会いで得たもの 会場に駆けつける大将の姿に感動

スポーツ ニュース

【細川たかし 我が道15】萩本さんとの出会いで得たもの 会場に駆けつける大将の姿に感動
芸能野球サッカー

1982年1月27日にテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」の番組中初めて披露した時は、まだ「北酒場」というタイトルも決まっていませんでした。きちんと歌詞… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)

1982年1月27日にテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」の番組中初めて披露した時は、まだ「北酒場」というタイトルも決まっていませんでした。きちんと歌詞を覚えておらず、歌の途中で歌詞が分からなくなるという私のドジっぷりを、萩本さんは飛び切りの笑いのネタに変えてくれました。歌手と新曲を笑いのネタに変えるというアイデア。天才は笑いのツボを逃しません。萩本さんが引っ張ること、引っ張ること。1コーラスを通して歌うまでに4週(1カ月)以上かかった記憶があります。さらに「今夜の恋は煙草(たばこ)の先に火をつけてくれた人」という歌詞が出てくると、そこに合いの手の掛け声を入れる話になりました。最初は「アッチ」でしたが、「マッチ(近藤真彦)に対抗して“ワッチ”にしよう」と、合いの手の掛け声までプロデュースしてくれたのです。 当時「欽どこ」は平均27%以上の高視聴率を誇る大人気番組でした。その1つのコーナーで「宣伝」してくれたのですから、大助かりです。萩本さんのアイデアは次々に出てきました。夏には「盆踊りバージョン」の「北酒場」です。本当にやぐらを組み、盆踊りしながら歌いました。ほかにもクラシックバージョン「北酒場」など、9月中旬まで毎回、番組中にいろいろなバージョンで歌わせてもらったのです。 なかにし礼作詞、中村泰士作曲という「心のこり」と同じコンビによる「北酒場」は満を持して3月21日にレコード発売されました。「欽どこ」の影響で、77万枚超の大ヒット曲となりました。待ちに待ったヒット曲です。この年はヒット曲の当たり年で、あみんの「待つわ」、薬師丸ひろ子さん「セーラー服と機関銃」、岩崎宏美さん「聖母たちのララバイ」とライバルはたくさんいました。 そして、大みそかの帝国劇場。「第24回日本レコード大賞」で初めての大賞を頂きました。受賞後、1コーラスを歌い終えて間奏に入った時、多忙な萩本さんが駆けつけてくれた姿が見えました。大将の顔を見た瞬間、ググッと熱いものがこみ上げました。我が事ながら、本当に感動的でした。 ケガの功名とよく言います。本当にケガをして仕事がなくなった時に、萩本さんと出会いました。「また、遊びにおいでよ」と言ってもらい、本当に暇だったので毎週出演させてもらった結果が、この大賞。世の中、悪いこともあるけれど、良いことも本当に起こるんだなあ。歌いながら、そんな1年半余りの出来事が頭の中をよぎりました。 萩本さんと出会って得たのは、レコード大賞だけではありません。毎週、番組の中で繰り広げられた「しゃべりの間」です。お笑いタレントでなくても、ステージの仕事が多い歌手としても、とても大事なこと。これをじかに習ったのは、後々とても大きなことでした。 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の75歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。.

1982年1月27日にテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」の番組中初めて披露した時は、まだ「北酒場」というタイトルも決まっていませんでした。きちんと歌詞を覚えておらず、歌の途中で歌詞が分からなくなるという私のドジっぷりを、萩本さんは飛び切りの笑いのネタに変えてくれました。歌手と新曲を笑いのネタに変えるというアイデア。天才は笑いのツボを逃しません。萩本さんが引っ張ること、引っ張ること。1コーラスを通して歌うまでに4週(1カ月)以上かかった記憶があります。さらに「今夜の恋は煙草(たばこ)の先に火をつけてくれた人」という歌詞が出てくると、そこに合いの手の掛け声を入れる話になりました。最初は「アッチ」でしたが、「マッチ(近藤真彦)に対抗して“ワッチ”にしよう」と、合いの手の掛け声までプロデュースしてくれたのです。 当時「欽どこ」は平均27%以上の高視聴率を誇る大人気番組でした。その1つのコーナーで「宣伝」してくれたのですから、大助かりです。萩本さんのアイデアは次々に出てきました。夏には「盆踊りバージョン」の「北酒場」です。本当にやぐらを組み、盆踊りしながら歌いました。ほかにもクラシックバージョン「北酒場」など、9月中旬まで毎回、番組中にいろいろなバージョンで歌わせてもらったのです。 なかにし礼作詞、中村泰士作曲という「心のこり」と同じコンビによる「北酒場」は満を持して3月21日にレコード発売されました。「欽どこ」の影響で、77万枚超の大ヒット曲となりました。待ちに待ったヒット曲です。この年はヒット曲の当たり年で、あみんの「待つわ」、薬師丸ひろ子さん「セーラー服と機関銃」、岩崎宏美さん「聖母たちのララバイ」とライバルはたくさんいました。 そして、大みそかの帝国劇場。「第24回日本レコード大賞」で初めての大賞を頂きました。受賞後、1コーラスを歌い終えて間奏に入った時、多忙な萩本さんが駆けつけてくれた姿が見えました。大将の顔を見た瞬間、ググッと熱いものがこみ上げました。我が事ながら、本当に感動的でした。 ケガの功名とよく言います。本当にケガをして仕事がなくなった時に、萩本さんと出会いました。「また、遊びにおいでよ」と言ってもらい、本当に暇だったので毎週出演させてもらった結果が、この大賞。世の中、悪いこともあるけれど、良いことも本当に起こるんだなあ。歌いながら、そんな1年半余りの出来事が頭の中をよぎりました。 萩本さんと出会って得たのは、レコード大賞だけではありません。毎週、番組の中で繰り広げられた「しゃべりの間」です。お笑いタレントでなくても、ステージの仕事が多い歌手としても、とても大事なこと。これをじかに習ったのは、後々とても大きなことでした。 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の75歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。

このニュースをすぐに読めるように要約しました。ニュースに興味がある場合は、ここで全文を読むことができます。 続きを読む:

sponichiannex /  🏆 116. in JP

芸能 野球 サッカー 格闘技 グラビア ニュース 写真

 

日本 最新ニュース, 日本 見出し

Similar News:他のニュース ソースから収集した、これに似たニュース記事を読むこともできます。

【細川たかし 我が道1】「おバカさん」のまま半世紀 苦節なし、下積みなしの“歌バカ一代記”【細川たかし 我が道1】「おバカさん」のまま半世紀 苦節なし、下積みなしの“歌バカ一代記”1996年10月からスポニチ本紙で連載されてきた「我が道」。スポーツ界、芸能界の著名人が自らの半生を1カ月間連日つづる、好評企画です。今月からアネックスでも… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »

【細川たかし 我が道3】朝3時起きで春呼ぶ土まき じゃがいもの種芋植え、田植え…そしてまた冬が来る【細川たかし 我が道3】朝3時起きで春呼ぶ土まき じゃがいもの種芋植え、田植え…そしてまた冬が来る真狩(まっかり)の春は4月ごろ「土まき」から始まります。まだ一面真っ白な雪景色です。朝3時ごろに起こされて、馬車に積んだ土を7町歩もある畑にまきに行きます。… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »

【細川たかし 我が道6】工場辞めてバンドボーイに 初めてのストリップに心臓バクバク【細川たかし 我が道6】工場辞めてバンドボーイに 初めてのストリップに心臓バクバク「類は友を呼ぶ」じゃないですが、札幌に出て就職した自動車整備工場「浜野自動車」に音楽好きが何人かいました。中学時代にザ・ベンチャーズのコピーバンドを組んだよ… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »

【細川たかし 我が道10】長男誕生直後に人生の転機 妻に背中を押されて勝負の1年へ【細川たかし 我が道10】長男誕生直後に人生の転機 妻に背中を押されて勝負の1年へクラブ歌手として、ススキノのクラブで何軒も掛け持ちして歌っていた1972年の秋。仲間の歌手の身内に不幸があり、ステージの代役を頼まれたことがありました。店の… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »

【細川たかし 我が道12】レコ大新人賞から白バイ先導で紅白直行 いきなりトップバッター【細川たかし 我が道12】レコ大新人賞から白バイ先導で紅白直行 いきなりトップバッターデビュー曲「心のこり」は1975年4月1日に発売され、結果的には業界誌チャート1位を記録、レコード売り上げ80万枚の大ヒットとなりました。自分でも信じられな… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »

【細川たかし 我が道14】あの大ヒット曲は「欽どこ」発 歌詞覚えておらずカンペ使用も…まさかの【細川たかし 我が道14】あの大ヒット曲は「欽どこ」発 歌詞覚えておらずカンペ使用も…まさかの「心のこり」がヒットしたことで、札幌に残してきた新婚の妻の和子と長男の譲を東京に呼び寄せることができました。勝鬨(かちどき)橋近くのマンションで親子3人水入… - スポーツニッポン新聞社の公式サイト(www.sponichi.co.jp)
続きを読む »



Render Time: 2026-05-22 07:40:32