諦めない、託された遺言 飯塚繁雄さん死去1年 「八重子さんと会える日まで体力を蓄えたらどうか」と促しても、笑っているだけだったという。「妹に絶対に会うのだという信念、私を実の母に会わせたいという思いが疲れ切った体を突き動かしていたのではないか」としのぶ。
北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さん(67)=拉致当時(22)=の兄で、家族会前代表の飯塚繁雄さんが昨年12月に83歳で亡くなってから、18日で1年。田口さんの長男で、繁雄さんに養子として育てられた飯塚耕一郎さん(45)が産経新聞の取材に応じ、「絶対に諦めない」と言い残し、この世を去った繁雄さんへの思いを語った。「もう2人じゃないんだな」。耕一郎さんは、平成16年に田口さんの長男であることを明かし、繁雄さんと全国各地を奔走し、拉致被害者の救出を訴えてきた。田口さんは昭和53年ごろ拉致された。当時、耕一郎さんは1歳で、繁雄さんが養子として引き取った。耕一郎さんに母の記憶はないため、実母を「八重子さん」と呼ぶ。平成19年からは繁雄さんが家族会代表となり、集会やシンポジウムで登壇する繁雄さんの背中を見てきたが、もうそれはかなわない。そんなとき「寂しさを感じる」という。数年前から体調がすぐれず、集会を途中退席することもあった。耕一郎さんが「八重子さんと会える日まで体力を蓄えたらどうか」と引退を促しても、笑っているだけだったという。「妹に絶対に会うのだという信念、私を実の母に会わせたいという思いが疲れ切った体を突き動かしていたのではないか」としのぶ。亡くなる1カ月前に行われた国民大集会で、繁雄さんは「絶対に諦められない。何が何でも解決する」などと、6分ほどのあいさつで3回、「諦めない」と繰り返した。家族会と支援組織「救う会」はこれを〝遺言〟と捉え、令和4年の運動方針にも置いた。 この1年、政府から「諦めない」姿勢を感じられたか。耕一郎さんは「ない」と断じる。「日朝首脳会談の実現に向け、北朝鮮に対し、開催にメリットがあるというメッセージを出してほしいと、政府には何度もお願いしている。だが、見える範囲では何も動きがない」と指弾する。 一方で、「いい兆し」も見えた。今年10月の国民大集会で、岸田文雄首相は北朝鮮をめぐる問題として「拉致、核、ミサイル」の3つを挙げた上で、拉致問題のみを「時間的制約のある人権問題」と述べた。これまでになかった表現だ。平成14年10月に5人の拉致被害者が帰国してから20年が過ぎたが、この間、一人の被害者の帰国も実現できなかった。膠着(こうちゃく)状態が続く中、耕一郎さんは国民に「関心を持ち続けてほしい」と呼びかける。平日はサラリーマンとして働く傍ら、家族会の役割も果たし、休日は全国を飛び回る。親族で12月上旬に行った一周忌にも参加できなかったという。耕一郎さんは「時間がないという切迫感は日に日に強くなる。政府は拉致問題を『時間的制約がある』というなら、この問題を解決する強い意思を見せてほしい」と訴えた。(橘川玲奈).
北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さん(67)=拉致当時(22)=の兄で、家族会前代表の飯塚繁雄さんが昨年12月に83歳で亡くなってから、18日で1年。田口さんの長男で、繁雄さんに養子として育てられた飯塚耕一郎さん(45)が産経新聞の取材に応じ、「絶対に諦めない」と言い残し、この世を去った繁雄さんへの思いを語った。「もう2人じゃないんだな」。耕一郎さんは、平成16年に田口さんの長男であることを明かし、繁雄さんと全国各地を奔走し、拉致被害者の救出を訴えてきた。田口さんは昭和53年ごろ拉致された。当時、耕一郎さんは1歳で、繁雄さんが養子として引き取った。耕一郎さんに母の記憶はないため、実母を「八重子さん」と呼ぶ。平成19年からは繁雄さんが家族会代表となり、集会やシンポジウムで登壇する繁雄さんの背中を見てきたが、もうそれはかなわない。そんなとき「寂しさを感じる」という。数年前から体調がすぐれず、集会を途中退席することもあった。耕一郎さんが「八重子さんと会える日まで体力を蓄えたらどうか」と引退を促しても、笑っているだけだったという。「妹に絶対に会うのだという信念、私を実の母に会わせたいという思いが疲れ切った体を突き動かしていたのではないか」としのぶ。亡くなる1カ月前に行われた国民大集会で、繁雄さんは「絶対に諦められない。何が何でも解決する」などと、6分ほどのあいさつで3回、「諦めない」と繰り返した。家族会と支援組織「救う会」はこれを〝遺言〟と捉え、令和4年の運動方針にも置いた。 この1年、政府から「諦めない」姿勢を感じられたか。耕一郎さんは「ない」と断じる。「日朝首脳会談の実現に向け、北朝鮮に対し、開催にメリットがあるというメッセージを出してほしいと、政府には何度もお願いしている。だが、見える範囲では何も動きがない」と指弾する。 一方で、「いい兆し」も見えた。今年10月の国民大集会で、岸田文雄首相は北朝鮮をめぐる問題として「拉致、核、ミサイル」の3つを挙げた上で、拉致問題のみを「時間的制約のある人権問題」と述べた。これまでになかった表現だ。平成14年10月に5人の拉致被害者が帰国してから20年が過ぎたが、この間、一人の被害者の帰国も実現できなかった。膠着(こうちゃく)状態が続く中、耕一郎さんは国民に「関心を持ち続けてほしい」と呼びかける。平日はサラリーマンとして働く傍ら、家族会の役割も果たし、休日は全国を飛び回る。親族で12月上旬に行った一周忌にも参加できなかったという。耕一郎さんは「時間がないという切迫感は日に日に強くなる。政府は拉致問題を『時間的制約がある』というなら、この問題を解決する強い意思を見せてほしい」と訴えた。(橘川玲奈)
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