効率のよさを求めるロジスティクスやサプライチェーンにおいて、最適解を求めるために用いられるアルゴリズムのシンプレックス法。先端的な研究が、さらなる成果を上げている。
1939年、カリフォルニア大学バークレー校で統計学の講義に遅刻してきた大学院2年生のジョージ・ダンツィーグは、黒板に書かれていた課題をノートに書き写した。それを宿題だと思い込んだのだ。彼はその課題を「いつもより難しい」と感じ、解き終えるまでに余分な日数がかかったことを教授に詫びた──と、のちに回想している。 数週間後、彼はその課題が、未解決のものとして知られていたふたつの統計学の問題だったことを教授から知らされる。このときのダンツィーグの業績は、彼の博士論文の基礎となり、さらに数十年後には映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の着想源ともなった。 第二次世界大戦直後の46年に博士号を取得したダンツィーグは、ほどなくして、新設された米国空軍の数学顧問に就任する。すべての近代戦争がそうであるように、第二次世界大戦の帰結も、限られた資源をいかに慎重に配分するかにかかっていた。 ただし、それ以前の戦争とは異なり、この戦争は文字どおり地球規模のものであり、勝利を決定づけた大きな要因のひとつは、純粋な工業力だった。米国は単純に、敵国よりも多くの戦車、空母、爆撃機を生産することができたのだ。 軍はこの事実を十分に理解し、最適化問題──すなわち、数百、数千もの変数が存在する状況で、限られた資源をどのように戦略的に配分するか──に強い関心を寄せるようになった。 空軍はダンツィーグに、そうした最適化問題を解決するための新たな方法を見つけ出すという任務を与えた。そこで彼が生み出したのが、シンプレックス法(単体法)だ。それは、彼が約10年前、黒板に書かれていた問題を解くために考案した数学的手法のいくつかを応用したアルゴリズムだった。 それから80年が経った現在でも、シンプレックス法は、複雑な制約条件のもとでロジスティクスやサプライチェーンを管理する際、最も広く使われているツールだ。効率的で、しかも確実に機能すると定評がある。「常に速いし、速くなかった場面を見た人はいません」とフランス国立科学研究センター(CNRS)のソフィー・ハイバーツは語る。 一方で、このダンツィーグの方法には長年にわたって影を落としてきた特性がひとつある。72年、数学者たちのグループが、制約の数が増えると解を得るまでに必要な時間が指数関数的に増大することを証明したのだ。つまり、実践の場ではどれほど高速に動作しているとしても、論理的な解析においては常に最悪のケースが想定されてしまうということだ。「シンプレックス法に関しては、アルゴリズムを解析するための昔ながらの手法が通用しないのです」とハイバーツは言う。 だが2025年12月、Foundations of Computer Science[編註:理論計算機科学分野における最高峰の国際会議]で発表された新たな論文によって、ハイバーツとミュンヘン工科大学の博士課程に在籍するエレオン・バッハはこの問題を克服したように見える。 ふたりは、このアルゴリズムの速度を向上させると同時に実行時間が指数関数的に延びるという、長年にわたって恐れられてきた現象がなぜ実践の場では現れないのかという疑問に対して、論理的な説明を提示したのだ。これは、ダニエル・スピールマンとシャンファ・テン(滕尚華)による01年の画期的な研究成果を基礎とするものであり、テン自身も「見事で、美しい」と評価している。 「この分野における卓越した業績です。これまでの研究の系譜のなかで積み重ねられてきた多くの知見が巧みに統合されているだけでなく、いくつもの本当にすばらしい、新しい専門的アイディアが盛り込まれています」と語るのは、ボン大学の数学者で、この研究には関与していないラスロー・ヴェーグだ。 シンプレックス法は次のような課題を解決するために設計されている。例えば、ある家具メーカーが衣装だんす、ベッド、いすを製造しているとしよう。仮に、衣装だんす1台から得られる利益はいす3脚分、ベッド1台から得られる利益はいす2脚分だとする。それぞれの家具の生産数を a、b、c と表すと利益の総額は 3a+2b+c となる。 では、利益を最大化するにはそれぞれの家具をいくつ生産すればよいのだろうか? その答えはメーカーが直面している制約条件によって決まる。 例えば、1カ月に生産できる家具の総数が50点までであればa+b+c は50以下でなければならない。また、衣装だんすは製造が難しく、20台までしかつくれないとすると a は20以下となる。さらに、いすには特殊な木材が必要で供給量が限られているためc は24以下しかつくれない。 シンプレックス法は、こうした状況──通常は、ここで挙げた例よりもはるかに多くの変数が存在する──を、幾何学的な問題へと変換する。a、b、c に課された制約を三次元グラフ上で考えてみてほしい。例えば a が20以下であるという条件はa=20 の位置で a 軸を直角に切る平面として表すことができ、解はその平面上、あるいはそれより内側に存在することになる。 同様に、ほかの制約についても対応する境界面を設定できる。これらの境界面を組み合わせることで、空間は「多面体」と呼ばれる複雑な三次元形状に区切られることになる。 幾何学的に表現されたシンプレックス法のアルゴリズムを最初から最後まで実行することは、最小のステップ数──言い換えれば、最小本数の辺をたどって──例えば最下端の点から頂点へと到達できる道筋を見つけ出すことを意味する。 裏を返せば、踏むステップの総数がそのアルゴリズムの実行時間、すなわち「複雑さ」に対応しており、できるだけ少ないステップで問題を解くことが目標となる。この枠組みにおいて、最下端から頂点までの最短経路を見出すことはこの種のアルゴリズムが取りうる、最も効率的な姿を導き出すことに等しい。 一直線に、しかも素早く到達できる道筋を見つけるのは簡単そうに見える。ただし、それにはふたつの条件が欠けていなければならない。第一に、実際の多面体はここで挙げた例よりもはるかに多くの面や頂点、辺から構成される、極めて複雑な形状である可能性が高いということ。第二に、あなたを導く地図は存在しないということだ。 取り組んでいる多面体の全体像を見渡すことはできない。その代わり、ひとつの頂点から出発し、まずどの辺を進むかを選ばなければならない。その辺がどこへつながっているのかを知らないまま次の頂点でも同じように選択を行ない、それを繰り返していくのだ。 もし並外れて運が悪ければ、すべての頂点で誤った方向へ曲がり続け、迷宮から抜け出せなくなるかもしれない。「AからBまで、最も長い道筋を歩いてしまう可能性があります」とバッハは言う。「すべての曲がり角で、誤った方向に進めと指示する声が聞こえるようなものです」。最悪のシナリオの場合、処理時間は指数関数的に膨れ上がる。 スピールマンとテンは01年、こうした最悪の帰結を避けるためにはごくわずかな乱数性が有効であることを証明した。 前述の例に立ち戻り──この議論を過度に単純化している点は承知のうえで──すべての曲がり角に6つの選択肢があるとしよう。毎回、誤った方向に進むよう指示され続けると、事態は深刻になる。だが、サイコロの目で進路を決めるのであれば、6分の5の確率で最悪の選択を避けることができ、大惨事を免れるかもしれない。 処理の過程に乱数性や不確実性の要素を組み込むことは理にかなっている。というのも、現実世界において、計測が完全に正確であることは決してないからだ。スピールマンとテンはこれとはまったく異なる方法で乱数性を導入したが、それでも彼らは、処理時間が制約の数に一定の指数を掛けた値──例えば n の2乗──を超えないことを示した。 これは「多項式時間」と呼ばれるものの一例だ。例えば 2ⁿ のような形を取る指数関数的な時間と比べれば、はるかに望ましい結果だと言える。 けれども、これですべての問題が解決したわけではない。ふたりが導き出した多項式時間の値はそれでもなおかなり大きいことに、ハイバーツは気づいた──指数として30乗という、極めて大きな数字が含まれていたのだ。そこで過去20年にわたり、研究者たちはこの値を引き下げるため、ゆっくりではあるが着実に進歩を重ねてきた。 バッハとハイバーツは新たな論文のなかで、アルゴリズムにおいてさらに大きな乱数性に依存することで、実行時間がこれまで考えられてきたよりも必ず有意に短くなることを示した。また、スピールマンとテンが証明した枠組みに基づくアルゴリズムについて、その処理時間がふたりの導き出した値よりも短くなることはない、という点も示している。 これはすなわち「このシンプレックス法のモデルについては、全体像を把握したということです」とハイバーツは語る。 「これは、シンプレックス法のアルゴリズム理解における大きな前進です」と話すのは、ボン大学のコンピューターサイエンティストであるハイコ・レーグリンだ。「シンプレックス法が、なぜ実践の場でこれほど効率的に機能するのか。その理由について、初めて説得力のある説明が与えられたのです」 とはいえ、ハイバーツはこれで終わりだとは考えていない。スピールマンとテンが01年に始めた取り組みは、実行時間を指数関数的なオーダーから多項式時間へと引き下げる方法を示した。論理的に考えれば、次に目指すべき段階は制約の数に応じて線形にスケールする手法の発見だ。 「それこそがこれらすべての研究が目指している北極星なのです」と彼女は語る。だがその実現には、まったく新しい戦略が必要になる。「当分のあいだは達成できそうにありません」 バッハとハイバーツの研究は、同分野の研究者にとって理論的に極めて興味深いものではあるが、その成果がただちに実践的な応用へと結びつくわけではない。それでも、現在広く使われているシンプレックス法ベースのソフトウェアにつきまとってきた不安をある程度和らげる効果はあるだろう。というのも、「実務の経験からは、これらの問題が常に多項式時間以内に解かれていることがわかっている」からだ。 バッハとハイバーツは、その経験的な直感を裏づける、より強力な数学的根拠を与えたのだ。そう語るのはエディンバラ大学で線形計画法のソフトウェア設計に携わる数学の専任講師のジュリアン・ホールだ。「このおかげで、指数関数的な複雑性を恐れる人たちを説得するのは以前よりずっと容易になりました」 ※本記事は、サイモンズ財団が運営する『 Quanta Magazine 』(編集については同財団から独立)から許可を得て、転載されたオリジナルストーリーである。同財団は、数学および物理・生命科学の研究開発と動向を取り上げることによって、科学に対する一般の理解を深めることを使命としている。 (Originally published on Quanta Magazine , translated by Ryo Shinagawa/LIBER, edited by Nobuko Igari) ※『WIRED』による数学の関連記事はこちら。 AxiomのAI、未解決だった数学問題に解を示す 海の波に潜む数学を2世紀越しで解明 数学の教育システムに革新的なアプローチが登場する──特集「THE WIRED WORLD IN 2026」 未来の可能性を拡張するアイデアとイノベーションのエッセンスを凝縮した、毎年恒例の大好評企画の最新版「THE WIRED WORLD IN 2026」。世界中のクリエイターや実業家、科学者など40名超のビジョナリーが、テクノロジーやビジネス、カルチャーなど全10分野において、2026年を見通す最重要キーワードを掲げた総力特集! 詳細はこちら。.
1939年、カリフォルニア大学バークレー校で統計学の講義に遅刻してきた大学院2年生のジョージ・ダンツィーグは、黒板に書かれていた課題をノートに書き写した。それを宿題だと思い込んだのだ。彼はその課題を「いつもより難しい」と感じ、解き終えるまでに余分な日数がかかったことを教授に詫びた──と、のちに回想している。 数週間後、彼はその課題が、未解決のものとして知られていたふたつの統計学の問題だったことを教授から知らされる。このときのダンツィーグの業績は、彼の博士論文の基礎となり、さらに数十年後には映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の着想源ともなった。 第二次世界大戦直後の46年に博士号を取得したダンツィーグは、ほどなくして、新設された米国空軍の数学顧問に就任する。すべての近代戦争がそうであるように、第二次世界大戦の帰結も、限られた資源をいかに慎重に配分するかにかかっていた。 ただし、それ以前の戦争とは異なり、この戦争は文字どおり地球規模のものであり、勝利を決定づけた大きな要因のひとつは、純粋な工業力だった。米国は単純に、敵国よりも多くの戦車、空母、爆撃機を生産することができたのだ。 軍はこの事実を十分に理解し、最適化問題──すなわち、数百、数千もの変数が存在する状況で、限られた資源をどのように戦略的に配分するか──に強い関心を寄せるようになった。 空軍はダンツィーグに、そうした最適化問題を解決するための新たな方法を見つけ出すという任務を与えた。そこで彼が生み出したのが、シンプレックス法(単体法)だ。それは、彼が約10年前、黒板に書かれていた問題を解くために考案した数学的手法のいくつかを応用したアルゴリズムだった。 それから80年が経った現在でも、シンプレックス法は、複雑な制約条件のもとでロジスティクスやサプライチェーンを管理する際、最も広く使われているツールだ。効率的で、しかも確実に機能すると定評がある。「常に速いし、速くなかった場面を見た人はいません」とフランス国立科学研究センター(CNRS)のソフィー・ハイバーツは語る。 一方で、このダンツィーグの方法には長年にわたって影を落としてきた特性がひとつある。72年、数学者たちのグループが、制約の数が増えると解を得るまでに必要な時間が指数関数的に増大することを証明したのだ。つまり、実践の場ではどれほど高速に動作しているとしても、論理的な解析においては常に最悪のケースが想定されてしまうということだ。「シンプレックス法に関しては、アルゴリズムを解析するための昔ながらの手法が通用しないのです」とハイバーツは言う。 だが2025年12月、Foundations of Computer Science[編註:理論計算機科学分野における最高峰の国際会議]で発表された新たな論文によって、ハイバーツとミュンヘン工科大学の博士課程に在籍するエレオン・バッハはこの問題を克服したように見える。 ふたりは、このアルゴリズムの速度を向上させると同時に実行時間が指数関数的に延びるという、長年にわたって恐れられてきた現象がなぜ実践の場では現れないのかという疑問に対して、論理的な説明を提示したのだ。これは、ダニエル・スピールマンとシャンファ・テン(滕尚華)による01年の画期的な研究成果を基礎とするものであり、テン自身も「見事で、美しい」と評価している。 「この分野における卓越した業績です。これまでの研究の系譜のなかで積み重ねられてきた多くの知見が巧みに統合されているだけでなく、いくつもの本当にすばらしい、新しい専門的アイディアが盛り込まれています」と語るのは、ボン大学の数学者で、この研究には関与していないラスロー・ヴェーグだ。 シンプレックス法は次のような課題を解決するために設計されている。例えば、ある家具メーカーが衣装だんす、ベッド、いすを製造しているとしよう。仮に、衣装だんす1台から得られる利益はいす3脚分、ベッド1台から得られる利益はいす2脚分だとする。それぞれの家具の生産数を a、b、c と表すと利益の総額は 3a+2b+c となる。 では、利益を最大化するにはそれぞれの家具をいくつ生産すればよいのだろうか? その答えはメーカーが直面している制約条件によって決まる。 例えば、1カ月に生産できる家具の総数が50点までであればa+b+c は50以下でなければならない。また、衣装だんすは製造が難しく、20台までしかつくれないとすると a は20以下となる。さらに、いすには特殊な木材が必要で供給量が限られているためc は24以下しかつくれない。 シンプレックス法は、こうした状況──通常は、ここで挙げた例よりもはるかに多くの変数が存在する──を、幾何学的な問題へと変換する。a、b、c に課された制約を三次元グラフ上で考えてみてほしい。例えば a が20以下であるという条件はa=20 の位置で a 軸を直角に切る平面として表すことができ、解はその平面上、あるいはそれより内側に存在することになる。 同様に、ほかの制約についても対応する境界面を設定できる。これらの境界面を組み合わせることで、空間は「多面体」と呼ばれる複雑な三次元形状に区切られることになる。 幾何学的に表現されたシンプレックス法のアルゴリズムを最初から最後まで実行することは、最小のステップ数──言い換えれば、最小本数の辺をたどって──例えば最下端の点から頂点へと到達できる道筋を見つけ出すことを意味する。 裏を返せば、踏むステップの総数がそのアルゴリズムの実行時間、すなわち「複雑さ」に対応しており、できるだけ少ないステップで問題を解くことが目標となる。この枠組みにおいて、最下端から頂点までの最短経路を見出すことはこの種のアルゴリズムが取りうる、最も効率的な姿を導き出すことに等しい。 一直線に、しかも素早く到達できる道筋を見つけるのは簡単そうに見える。ただし、それにはふたつの条件が欠けていなければならない。第一に、実際の多面体はここで挙げた例よりもはるかに多くの面や頂点、辺から構成される、極めて複雑な形状である可能性が高いということ。第二に、あなたを導く地図は存在しないということだ。 取り組んでいる多面体の全体像を見渡すことはできない。その代わり、ひとつの頂点から出発し、まずどの辺を進むかを選ばなければならない。その辺がどこへつながっているのかを知らないまま次の頂点でも同じように選択を行ない、それを繰り返していくのだ。 もし並外れて運が悪ければ、すべての頂点で誤った方向へ曲がり続け、迷宮から抜け出せなくなるかもしれない。「AからBまで、最も長い道筋を歩いてしまう可能性があります」とバッハは言う。「すべての曲がり角で、誤った方向に進めと指示する声が聞こえるようなものです」。最悪のシナリオの場合、処理時間は指数関数的に膨れ上がる。 スピールマンとテンは01年、こうした最悪の帰結を避けるためにはごくわずかな乱数性が有効であることを証明した。 前述の例に立ち戻り──この議論を過度に単純化している点は承知のうえで──すべての曲がり角に6つの選択肢があるとしよう。毎回、誤った方向に進むよう指示され続けると、事態は深刻になる。だが、サイコロの目で進路を決めるのであれば、6分の5の確率で最悪の選択を避けることができ、大惨事を免れるかもしれない。 処理の過程に乱数性や不確実性の要素を組み込むことは理にかなっている。というのも、現実世界において、計測が完全に正確であることは決してないからだ。スピールマンとテンはこれとはまったく異なる方法で乱数性を導入したが、それでも彼らは、処理時間が制約の数に一定の指数を掛けた値──例えば n の2乗──を超えないことを示した。 これは「多項式時間」と呼ばれるものの一例だ。例えば 2ⁿ のような形を取る指数関数的な時間と比べれば、はるかに望ましい結果だと言える。 けれども、これですべての問題が解決したわけではない。ふたりが導き出した多項式時間の値はそれでもなおかなり大きいことに、ハイバーツは気づいた──指数として30乗という、極めて大きな数字が含まれていたのだ。そこで過去20年にわたり、研究者たちはこの値を引き下げるため、ゆっくりではあるが着実に進歩を重ねてきた。 バッハとハイバーツは新たな論文のなかで、アルゴリズムにおいてさらに大きな乱数性に依存することで、実行時間がこれまで考えられてきたよりも必ず有意に短くなることを示した。また、スピールマンとテンが証明した枠組みに基づくアルゴリズムについて、その処理時間がふたりの導き出した値よりも短くなることはない、という点も示している。 これはすなわち「このシンプレックス法のモデルについては、全体像を把握したということです」とハイバーツは語る。 「これは、シンプレックス法のアルゴリズム理解における大きな前進です」と話すのは、ボン大学のコンピューターサイエンティストであるハイコ・レーグリンだ。「シンプレックス法が、なぜ実践の場でこれほど効率的に機能するのか。その理由について、初めて説得力のある説明が与えられたのです」 とはいえ、ハイバーツはこれで終わりだとは考えていない。スピールマンとテンが01年に始めた取り組みは、実行時間を指数関数的なオーダーから多項式時間へと引き下げる方法を示した。論理的に考えれば、次に目指すべき段階は制約の数に応じて線形にスケールする手法の発見だ。 「それこそがこれらすべての研究が目指している北極星なのです」と彼女は語る。だがその実現には、まったく新しい戦略が必要になる。「当分のあいだは達成できそうにありません」 バッハとハイバーツの研究は、同分野の研究者にとって理論的に極めて興味深いものではあるが、その成果がただちに実践的な応用へと結びつくわけではない。それでも、現在広く使われているシンプレックス法ベースのソフトウェアにつきまとってきた不安をある程度和らげる効果はあるだろう。というのも、「実務の経験からは、これらの問題が常に多項式時間以内に解かれていることがわかっている」からだ。 バッハとハイバーツは、その経験的な直感を裏づける、より強力な数学的根拠を与えたのだ。そう語るのはエディンバラ大学で線形計画法のソフトウェア設計に携わる数学の専任講師のジュリアン・ホールだ。「このおかげで、指数関数的な複雑性を恐れる人たちを説得するのは以前よりずっと容易になりました」 ※本記事は、サイモンズ財団が運営する『Quanta Magazine』(編集については同財団から独立)から許可を得て、転載されたオリジナルストーリーである。同財団は、数学および物理・生命科学の研究開発と動向を取り上げることによって、科学に対する一般の理解を深めることを使命としている。 (Originally published on Quanta Magazine, translated by Ryo Shinagawa/LIBER, edited by Nobuko Igari) ※『WIRED』による数学の関連記事はこちら。 AxiomのAI、未解決だった数学問題に解を示す 海の波に潜む数学を2世紀越しで解明 数学の教育システムに革新的なアプローチが登場する──特集「THE WIRED WORLD IN 2026」 未来の可能性を拡張するアイデアとイノベーションのエッセンスを凝縮した、毎年恒例の大好評企画の最新版「THE WIRED WORLD IN 2026」。世界中のクリエイターや実業家、科学者など40名超のビジョナリーが、テクノロジーやビジネス、カルチャーなど全10分野において、2026年を見通す最重要キーワードを掲げた総力特集! 詳細はこちら。
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