米国の原爆開発を率いた物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画「オッペンハイマー」が話題だ。公開から3週間で世界での興行収入は5・5億ドル(約790億円)を...
米国の原爆開発を率いた物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画「オッペンハイマー」が話題だ。公開から3週間で世界での興行収入は5・5億ドル(約790億円)を突破し、第二次世界大戦をテーマにした映画としては早くも過去最高額を更新したという。
私は本作を7月下旬の公開初日にニューヨークの映画館で見た。ピュリツァー賞を取ったノンフィクションが下敷きで、演出上の脱線はあっても基本は史実に忠実だ。原爆を初めて完成させ、戦争を終わらせた貢献者として国民的英雄となった科学者の苦悩と葛藤を重々しく描いている。それだけに、広島で生まれ育った者としては到底理解できない場面で客席から笑いが漏れた時、原爆投下をめぐる交わりようがない歴史認識の差に触れた気がした。オッペンハイマーは1945年7月に成功した初の核実験について「私たちは、世界がもう二度と元には戻れないことを知った」と述懐している。それから78年。目覚ましい進化を遂げる人工知能(AI)の研究者たちの間では、世界は新たな「オッペンハイマーの瞬間」を迎えているとの見方が広がる。
AI研究の権威や開発企業のトップたちは今年5月、AIは人類絶滅を招く恐れがあると警告する声明を発表した。AIの潜在リスクを核戦争やパンデミックと同等とみなすべきだと訴え、国際的な議論を喚起した。声明を起草した研究者は、現状を「原子力科学者が、自分たちが生み出した技術に警告を発したことをほうふつとさせる」と危機感を隠さない。 被爆の実相を知ったオッペンハイマーは、水爆の開発禁止や核軍縮の必要性を説いた。映画では、オッペンハイマーが原爆投下を命じたトルーマン大統領と面会する場面がある。生気のない表情を浮かべたオッペンハイマーは言う。「私の手は血でまみれているように感じます」。不機嫌そうな大統領はオッペンハイマーが退室した後、「あの泣き虫を二度と連れてくるな」と側近に吐き捨てるように言った。それから米ソは核軍拡競争へと突き進む。