「広島6-4阪神」(3日、マツダスタジアム) 阪神・平田勝男2軍監督(67)が2リーグ制以降では球団初の連覇に思いを寄せた。若手育成という立場から猛虎をバックアップ。「幸せ」と語るタテジマ一筋の野球人生に新たな勲章が刻まれた。伝説の1985...
阪神・平田2軍監督「俺、幸せやねん」「選手で優勝、ヘッドコーチで優勝、裏方で優勝、ファーム監督で優勝、さらに連覇」阪神・平田勝男2軍監督(67)が2リーグ制以降では球団初の連覇に思いを寄せた。
若手育成という立場から猛虎をバックアップ。
「幸せ」と語るタテジマ一筋の野球人生に新たな勲章が刻まれた。 伝説の1985年から全ての栄光を知る“虎の生き字引”は連覇に何を思うのか-。40年以上の時に思いをはせながら、明かしたのは壮大な感謝だった。
「連覇は簡単じゃないなぁ…」。9月16日、雨音が響くSGLの室内練習場で平田2軍監督(67)はそうこぼした。 この時、1軍は悪夢の7連敗中。 悲願の連覇に向けて暗雲が垂れ込んでいた。1982年の阪神入団から44年。 誰よりも虎の優勝を知り、誰よりも連覇を知らない男ならではの言葉だった。
「俺はさ、選手で優勝、ヘッドコーチで優勝、裏方で優勝、ファーム監督で優勝。 ほとんどの立場で優勝に携わってんねん。 さらに連覇に携わって、また俺の野球人生の1ページに新たな勲章が加わったわけやん」 長年、虎党の心のよりどころであり続けた1985年は、26歳の正遊撃手としてリーグ優勝と日本一の瞬間を迎えた。18年ぶりの歓喜に沸いた03年は星野監督の専属広報として、05、23年は岡田監督のもとで1軍ヘッドコーチとして、そして25、26年は藤川監督を支える2軍監督として、優勝に携わった。
直近6度の優勝は“皆勤賞”。85年は21年ぶりの優勝だったこともあって「あんまり連覇、連覇って言わなかったよね」と当時を振り返る。 岡田監督就任に伴い、1軍ヘッドコーチに就いた04年も、退任した星野監督から「『岡田と一緒に頑張れ』としか言われたことないし、『岡田と一緒に連覇しろよ』なんていうことは一切言われたことない」と明かす。 選手から指導者へ、最前線から裏方へ、そしてまた最前線へ。 それぞれの立場で優勝を味わい、連覇を逃して苦杯をなめた。
それでも「こんだけ長くユニホームを着させてもらってる」と、心に宿したタテジマは脱がなかった。
「(連覇を伝えたいのは)特定の誰々だけになんて話じゃないんでね。 やはりタイガースをずっと支えて応援してもらった人たちのおかげだから。 フロントの皆さんや歴代の監督さんやOB、ファン、もうみんなだと思うよ」
