待望の邦訳版『サトシ・ナカモトはだれだ?: 世界を変えたビットコイン発明者の正体に迫る』の著者ベンジャミン・ウォレスが、本書の読みどころを語る。
2008年11月1日、サトシ・ナカモトなる人物が、無名の暗号学メーリングリストに一本の論文──「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System(ビットコイン:ピア・ツー・ピア電子現金システム)」──を投稿しました。このたった9ページの文書が、のちに世界を変えることになります。 同論文が解決したのは、暗号学者たちが何十年も頭を悩ませてきた「二重支払い問題」でした。デジタルデータは簡単にコピーできるため、理論上は何度でも複製して使い回すことができてしまいます。こうした不正は銀行のような中央機関がすべての取引を監視・記録することで防ぐわけですが、それは事実上不可能で、不正をチェックする第三者機関の存在が不可欠でした。 しかしサトシ・ナカモトは、中央機関の代わりに、すべての取引記録を世界中のコンピューターで共有する「ブロックチェーン」を用いた公開台帳を発明。誰もが取引履歴を確認できるので、不正な二重支払いは即座に発見されることになります。それは、中央銀行も政府も必要としない、革命的な通貨システムの誕生を意味しました。ところが11年4月、彼(といいつつ、性別はわからないし個人かどうかもわかりません)は突然姿を消しました。ビットコイン開発チームへの最後の技術的なメールを送信したのを最後に、二度と現れることはなく、いまだ正体は不明のままとなっています。 2011年当時、この謎の人物に対して多くの人々やメディアが関心を寄せましたが、「中央集権的な金融・政府システムに対する反逆的なコンピューター科学者」程度に考えていたように思います。ビットコインは失敗する可能性の高い、ニッチな実験に過ぎなかったからです。 しかし現在、サトシ・ナカモトは「世界を変える技術を創造し、現在の価格で約1,000億ドルの価値があるビットコインに一度たりとも手を触れていない、世界11位の富豪である未知の人物」として認識されています。Twitterの創設者ジャック・ドーシーはサトシのTシャツを着て、カニエ・ウェストはサトシの野球帽を被って街を闊歩しました。いつの間にかサトシは、文化的にも神話化した存在となっていたのです。 加熱する「サトシ・ナカモト」の正体探し 2011年、わたしはUS版『WIRED』から「ビットコインについて書いてほしい」という依頼を受けました。それが、サトシ・ナカモトの正体を現在にいたるまで追い続けることになったきっかけです。わたしは金融ジャーナリストでもテック・ジャーナリストでもありませんが、ビットコインが可能にしようとしていること、そしてこの興味深い新技術を誰が発明したのかすらわからないという奇妙な謎の引力に、ストーリーテラーとして引き寄せられました。 早速わたしはサトシ・ナカモトの有力候補とされる人々にインタビューしましたが、彼らはみな否定し、正体を突き止めるための手がかりは尽きていきました。次第にこの謎を追うことを諦め、サトシ・ナカモトだと自称する、あるいはサトシが誰なのかを知っていると主張する人からのメール(イーロン・マスクを主張するものもありました)を、アーカイブフォルダに放り込む日々が続きました。 その間にも、この謎を解こうとする人々やメディアによる「サトシ発見」の虚報は続きました。2014年、『Newsweek』誌は「ドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモト」という日系アメリカ人男性がサトシだと発表しました。世界中の注目を浴びることになった彼の自宅の庭は押し寄せた報道陣で埋め尽くされ、さしずめメディアのキャンプ場のような状況になりましたが、結局判明したのは完全な人違いであるということだけでした。 『WIRED』や『Gizmodo』は、サトシ・ナカモトを自称し、報道機関に名乗り出たオーストラリアの起業家クレイグ・スティーブン・ライトが正体だと発表しましたが、これも結果的に証拠は偽装であることが判明しました。その後も、ビットコイン取引所「マウントゴックス」創設者のジェド・マケーレブなど、さまざまな「サトシ発見!」の報が上がっては、盛大に失敗していきました。こうした一連の加熱報道と失敗により、メディア業界には「サトシ疲れ」が蔓延し、米国の主要メディアは徐々に消極的になっていきました。 真実と倫理のはざまで そうした騒動がある一方で、ビットコイン市場は長期的には拡大し続けました。有名俳優たちがスーパーボウルで暗号資産の広告に出演し、ウォール街もビットコインへの関心を高めていきました。2014年のマウントゴックス事件のような大事件を経ても、ビットコインの根本的な技術への信頼は揺るがなかったからです(問題は取引所の管理方法であり、ビットコイン自体のプロトコルは破られてはいませんでした)。 21年には1BTC(ビットコイン)の価格が60,000ドルを超える史上最高値を記録しました──わたしが2011年に買った1BTCは17ドルだったので、約10年で3,500倍以上の価格上昇となりました。ただし、早々に売却してしまっていましたが。 ビットコインがここまで影響力をもつ状況になったにもかかわらず、サトシ・ナカモトの謎はいまだ未解決のまま。この事実を前にして、わたしはほかの仕事をすべて止め、この謎の解明に専念する決断を下しました。ビットコインが最初に発表されてから、約13年が経っていました。 取材を再開してから最も困難だったのは、サトシの正体究明に対する社会の態度が変化したことでした。特に、かつて「政府や銀行に縛られない理想の通貨」という夢をビットコインに見たテック系リバタリアンの人々は、誤報や加熱報道によって個人の侵害を続け、サトシ本人の身の危険にすらつながりかねない身元特定に躍起になるジャーナリズムやメディアに対して強い不信感を抱いていました。サトシの正体を探ることに対して、ある意味禁忌のような意識があったのかもしれません。実際、2011年にはわたしと話してくれた人々も、もはや口を開いてくれませんでした。 この問題における倫理面について、わたしは深く考えを巡らせるようになりました。そしてたどり着いたのが、「彼の正体を追い求めることは決して間違っていない」という結論でした。もしビットコインの価値がさらに上がれば、サトシは世界で最も裕福な人物になります。単なる技術者を超えて、これほど集中した富をもち、社会に影響力をもつ可能性のある人物を知ることは、非常に重要なことだと考えたのです。 同時に、わたしは「サトシが誰なのかを知ること」と「その情報をどうするか」という問題を切り分けることにしました。仮にサトシが国家や既存の金融制度の反体制派であったとしたら、サトシという個人は国家の標的になりえます。ゆえに、たとえサトシの正体を知ったとしても、本名を明かすことは絶対にしないと決めました。 わたしは技術者たちの信頼を得るに足る解像度をもつために、(大学で文学を学んでいたわたしが)コーディングを学び、家庭教師を雇ってイチからPythonも習得しました。これは技術者と専門的な共通言語をもつための努力ではありましたが、それ以上に、サトシの技術的成果がいかなるものだったかについて、深い理解を与えてくれました。 行き当たった“ある単語” 取材で試みたことのひとつは、これまで調べられてきた「容疑者リスト」からよりも広い視野で観察をすることでした。1990年代にデジタルマネーに興味をもつ暗号学者たちがたむろした掲示板にいた、一般参加者も含めたあらゆる人物を調べるべきだと考えたのです。 そこでわたしは、パリを拠点に活動する、プログラミングやコードの書式分析(言語スタイロメトリー/コードスタイロメトリー)の専門家たちと連携しました。専門家たちは以前に、匿名掲示板「QAnon」の背後にいるふたりを特定するという印象的な仕事をしていたチームです。わたしがやりたかったことのひとつは、その言語分析を数百〜数千人の参加者を含む人々に適用することでした。サトシの文章と90年代の掲示板参加者の文章を言語的に比較したり、変数名の付け方、インデントの仕方、コメントの書き方に至るまで、プログラミングコードの書き方の細かいクセを分析していきました。 その過程で明らかになったのは、日本の読者のみなさんがおそらく気になるであろう、「サトシ・ナカモト」は日本人なのか?という謎に対する答えです。結論からいえば、サトシが日本人である可能性は限りなく低いと思います。まずサトシの英語は、流暢で慣用的な、英語を第一言語として育ったネイティブレベルの完璧な文章でした。さらに、アメリカ英語では'optimize(最適化する)'や'color(色)'と書くところを、'optimise'や'colour'と記述しており、イギリス英語の特徴が見られました。 また、フォーラムやメールを投稿した時刻のパターンを分析して、サトシの居住地域や生活パターンを推測する、タイムスタンプ分析による調査も決定的でした。コミュニティメンバーがサトシの500以上のフォーラム投稿の時間を調べたところ、英国時間で午前5時から11時まで投稿が激減するパターンが見つかりました。これは土日でも変わることはなく、彼がその時間帯に寝ていることを示唆していました。そしてこの時間は、米東海岸の真夜中〜午前6時に相当します。これらの証拠から、サトシは日系米国人、日系カナダ人、または日系英国人である可能性が高いと判断しました。2014年のニューズウィーク事件で追われた「ドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモト」も、まさにこのカテゴリーに該当していました。 しかし、わたしの調査における最も劇的な発見は、ひとつの極めて稀な単語から始まりました。サトシはとても平易なスタイルで書き、珍しい単語は使いませんでした。そこで、わたしは彼のすべての著作を調べ、珍しい単語を使った数少ない例を書き留めていきました。そのなかのひとつが”fensible”という単語でした。「囲いをすることができる」という意味で、盗品を売ることを指す言葉として使われますが、極めて珍しい単語(用法)です。 わたしは、サトシが現れた可能性の高い1990年代の掲示板投稿をすべて調べ直しました。すると、その単語がある掲示板で一度だけ使われていることを発見しました。”fensible”を使ったのはジェームズ・ドナルドという男性で、2008年にサトシがビットコインを発表したときに最初に応答した人物でした。 ついにサトシを見つけた!? ジェームズ・ドナルドは非常に興味深い候補者でした。彼はサトシになるために必要なすべてのスキルをもっていましたし、政治的立場、場所、時間、さまざまな点でサトシの行動と一致していました。ビットコイン誕生前のデジタルキャッシュの議論に深くかかわってもいました。そして何より、彼も非常に隠遁的で、どこにいるのか、生きているのか、何者なのかがわかりませんでした。 わたしの興奮は最高潮に達しました。「ついにサトシを見つけた」と思ったからです。彼の居住地はオーストラリアでした。37時間かけてオーストラリアまで飛び、さらに1時間運転して彼の住む小さな村を見つけました。 わたしは、誰かの家に突然アポなしで訪ねることを好みません。いうまでもなく無礼なことですからね。しかも彼はネット上ではしばしば攻撃的な発言をしていたので、とても緊張しました。「ドアをノックして軽く話をするだけだ」と自分に言い聞かせ、真実を知りたい一心で彼を訪ねました。 ポーチで対面したドナルドは、わたしが思っていたサトシの人物像と大きくかけ離れていました。サトシ・ナカモトは、コミュニケーションのなかで熱意や共感を示すことができる、かなり正常な感情範囲をもつ「普通の人」のように思えました。たまに短気になることもありましたが、それでも普通の人物でした。 一方、ジェームズ・ドナルドは淡々として感情の起伏がない、あるいは感情表現に乏しい性格のもち主でした。ジェームズ・ドナルドは多くの条件を満たしていましたが、性格が、サトシとは根本的に異なっていたのです。 わたしはジェームズ・ドナルドをサトシ・ナカモトの候補から除外しました。しかし、この経験はわたしにとって重要な転換点となりました。わたしは当初、「サトシが名乗り出ないのは自分の身を案じているからだ」と思っていました。しかし、仮にサトシがジェームズ・ドナルドのような人物だとしたら、別の理由が見えてきます。 ドナルドは普段から非常に攻撃的な意見をブログで発信している人物でした。その一方で自分の身元については極めて慎重で、フルネームを絶対に公開しません。自分のパーソナリティが表に出ることは、ビットコインの評判にとって不利益となることを自覚しているからこそ、サトシは徹底的に姿を隠しているのではないか……。 結果的にドナルドはサトシではないと判断しましたが、「サトシ」は必ずしもみんなが神格化して語るような、理想主義的な善人ではない可能性もあります。彼が姿を隠すのは、もっと複雑で、場合によっては好ましくない理由があるからかもしれない。そうした視点を得ることができたのです。 このデジタル時代に、15年間も完全に匿名性を保つなど、まさに奇跡のような話です。通常なら必ず残る「デジタルの足跡」が、サトシの場合は皆無だからです。驚くべきは、サトシがその完璧な秘密保持を、08年にビットコインを発表したその日から既に実践していた点です。 当時、ビットコインは失敗の可能性が高い、実験的で、アンダーグラウンドなプロジェクトに過ぎませんでした。1カ月後にはあえなく終わってしまう可能性だってありました。そんなものに、これほどまでに慎重に、完璧な匿名性を担保したのはなぜでしょうか? そしてなぜ、これほどまでの技術をもっているのでしょうか。 わたしたちの想像をはるかに超えた、極めて用心深い人物だという可能性もありますが、最終的にはある可能性も考慮せざるをえません。完璧な秘密保持が職業的習性の人々、つまり諜報機関の関係者という可能性です。これを言うたびに、わたしは陰謀論者の領域に足を踏み入れたような気分になります。わたしは陰謀論を好まないし、陰謀論者でもありません。しかし、誰が「Day 1」から完璧に匿名でいる能力と動機をもつでしょうか? これまで調査してきた有名な暗号学者たちはみな、サトシではありませんでした。普通に考えられる候補者たちがすべて除外されたいま、どんなに突飛に思えても、残された可能性のなかで真剣に考えざるをえません。 「真実でないものをすべて取り除いた先で、最後に残ったもの。どれほど信じがたくても、それが真実である」 わたしはシャーロック・ホームズのこの有名な言葉を思い出します。 サトシに会えたら訊きたいこと もし、サトシ・ナカモト本人にインタビューできるとしたら、聞きたいことは山ほどあります。「この14年間、何をしていたのか」「なぜあのときプロジェクトを去ったのか」「なぜ金も手柄も手をつけないままなのか」「どのようにあの完全な匿名性を実現したのか」「結婚しているのか」「子どもはいるのか」──。そして、「いまのビットコインをどう思うか」。 政府や銀行に支配されない、真に自由で公正な通貨システム。それがサトシやテックリバタリアンたちがビットコインに見た夢でした。しかし現在、ビットコインは投機的価値ばかりが見い出され、極めて不安定な「デジタルゴールド」のような価値の保存手段として機能しています。こうした理想と現実のギャップに何を思うのか。 最も献身的なビットコイン開発者のひとり、ジェフ・ガルジックはこう言いました。「わたしたちは『サトシ・ナカモトが誰か』など、本当にどうだっていいのです。重要なのはコードの背後にいる個人ではなく、コードそのものです。ビットコイン愛好家が盗まれ、騙され、見捨てられてきた現実に行き着いたとしても、コードだけは真実であり続けました」 ビットコインの技術自体は依然として難攻不落です。ハッキングされるのは周辺の取引所や企業であって、ビットコインのプロトコル自体はいまだ破られていません。コードこそが、実はサトシ・ナカモトが残した唯一の真実かもしれません。 そうした観点に対してさらなる疑問や好奇心をもったり、知識や真実を追求することは、決して間違っていないとわたしは考えています。わたしは知りたい。何でもいいから、その奥にある何かを知りたいのです。そして、その答えがどのようなものであれ、わたしたちの世界を理解するうえで重要な意味をもつはずです。 (Edited by Tomonari Cotani) ※『WIRED』によるサトシ・ナカモトの関連記事はこちら。 Related Articles 「サトシ・ナカモト」であると“暴かれた”ピーター・トッド、身を隠す 「サトシ・ナカモト」探し再び。ビットコインの生みの親は結局、誰なのか? 自称サトシ・ナカモトは「証拠を大量に偽造していた」、英国の高等法院が認定.
2008年11月1日、サトシ・ナカモトなる人物が、無名の暗号学メーリングリストに一本の論文──「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System(ビットコイン:ピア・ツー・ピア電子現金システム)」──を投稿しました。このたった9ページの文書が、のちに世界を変えることになります。 同論文が解決したのは、暗号学者たちが何十年も頭を悩ませてきた「二重支払い問題」でした。デジタルデータは簡単にコピーできるため、理論上は何度でも複製して使い回すことができてしまいます。こうした不正は銀行のような中央機関がすべての取引を監視・記録することで防ぐわけですが、それは事実上不可能で、不正をチェックする第三者機関の存在が不可欠でした。 しかしサトシ・ナカモトは、中央機関の代わりに、すべての取引記録を世界中のコンピューターで共有する「ブロックチェーン」を用いた公開台帳を発明。誰もが取引履歴を確認できるので、不正な二重支払いは即座に発見されることになります。それは、中央銀行も政府も必要としない、革命的な通貨システムの誕生を意味しました。ところが11年4月、彼(といいつつ、性別はわからないし個人かどうかもわかりません)は突然姿を消しました。ビットコイン開発チームへの最後の技術的なメールを送信したのを最後に、二度と現れることはなく、いまだ正体は不明のままとなっています。 2011年当時、この謎の人物に対して多くの人々やメディアが関心を寄せましたが、「中央集権的な金融・政府システムに対する反逆的なコンピューター科学者」程度に考えていたように思います。ビットコインは失敗する可能性の高い、ニッチな実験に過ぎなかったからです。 しかし現在、サトシ・ナカモトは「世界を変える技術を創造し、現在の価格で約1,000億ドルの価値があるビットコインに一度たりとも手を触れていない、世界11位の富豪である未知の人物」として認識されています。Twitterの創設者ジャック・ドーシーはサトシのTシャツを着て、カニエ・ウェストはサトシの野球帽を被って街を闊歩しました。いつの間にかサトシは、文化的にも神話化した存在となっていたのです。 加熱する「サトシ・ナカモト」の正体探し 2011年、わたしはUS版『WIRED』から「ビットコインについて書いてほしい」という依頼を受けました。それが、サトシ・ナカモトの正体を現在にいたるまで追い続けることになったきっかけです。わたしは金融ジャーナリストでもテック・ジャーナリストでもありませんが、ビットコインが可能にしようとしていること、そしてこの興味深い新技術を誰が発明したのかすらわからないという奇妙な謎の引力に、ストーリーテラーとして引き寄せられました。 早速わたしはサトシ・ナカモトの有力候補とされる人々にインタビューしましたが、彼らはみな否定し、正体を突き止めるための手がかりは尽きていきました。次第にこの謎を追うことを諦め、サトシ・ナカモトだと自称する、あるいはサトシが誰なのかを知っていると主張する人からのメール(イーロン・マスクを主張するものもありました)を、アーカイブフォルダに放り込む日々が続きました。 その間にも、この謎を解こうとする人々やメディアによる「サトシ発見」の虚報は続きました。2014年、『Newsweek』誌は「ドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモト」という日系アメリカ人男性がサトシだと発表しました。世界中の注目を浴びることになった彼の自宅の庭は押し寄せた報道陣で埋め尽くされ、さしずめメディアのキャンプ場のような状況になりましたが、結局判明したのは完全な人違いであるということだけでした。 『WIRED』や『Gizmodo』は、サトシ・ナカモトを自称し、報道機関に名乗り出たオーストラリアの起業家クレイグ・スティーブン・ライトが正体だと発表しましたが、これも結果的に証拠は偽装であることが判明しました。その後も、ビットコイン取引所「マウントゴックス」創設者のジェド・マケーレブなど、さまざまな「サトシ発見!」の報が上がっては、盛大に失敗していきました。こうした一連の加熱報道と失敗により、メディア業界には「サトシ疲れ」が蔓延し、米国の主要メディアは徐々に消極的になっていきました。 真実と倫理のはざまで そうした騒動がある一方で、ビットコイン市場は長期的には拡大し続けました。有名俳優たちがスーパーボウルで暗号資産の広告に出演し、ウォール街もビットコインへの関心を高めていきました。2014年のマウントゴックス事件のような大事件を経ても、ビットコインの根本的な技術への信頼は揺るがなかったからです(問題は取引所の管理方法であり、ビットコイン自体のプロトコルは破られてはいませんでした)。 21年には1BTC(ビットコイン)の価格が60,000ドルを超える史上最高値を記録しました──わたしが2011年に買った1BTCは17ドルだったので、約10年で3,500倍以上の価格上昇となりました。ただし、早々に売却してしまっていましたが。 ビットコインがここまで影響力をもつ状況になったにもかかわらず、サトシ・ナカモトの謎はいまだ未解決のまま。この事実を前にして、わたしはほかの仕事をすべて止め、この謎の解明に専念する決断を下しました。ビットコインが最初に発表されてから、約13年が経っていました。 取材を再開してから最も困難だったのは、サトシの正体究明に対する社会の態度が変化したことでした。特に、かつて「政府や銀行に縛られない理想の通貨」という夢をビットコインに見たテック系リバタリアンの人々は、誤報や加熱報道によって個人の侵害を続け、サトシ本人の身の危険にすらつながりかねない身元特定に躍起になるジャーナリズムやメディアに対して強い不信感を抱いていました。サトシの正体を探ることに対して、ある意味禁忌のような意識があったのかもしれません。実際、2011年にはわたしと話してくれた人々も、もはや口を開いてくれませんでした。 この問題における倫理面について、わたしは深く考えを巡らせるようになりました。そしてたどり着いたのが、「彼の正体を追い求めることは決して間違っていない」という結論でした。もしビットコインの価値がさらに上がれば、サトシは世界で最も裕福な人物になります。単なる技術者を超えて、これほど集中した富をもち、社会に影響力をもつ可能性のある人物を知ることは、非常に重要なことだと考えたのです。 同時に、わたしは「サトシが誰なのかを知ること」と「その情報をどうするか」という問題を切り分けることにしました。仮にサトシが国家や既存の金融制度の反体制派であったとしたら、サトシという個人は国家の標的になりえます。ゆえに、たとえサトシの正体を知ったとしても、本名を明かすことは絶対にしないと決めました。 わたしは技術者たちの信頼を得るに足る解像度をもつために、(大学で文学を学んでいたわたしが)コーディングを学び、家庭教師を雇ってイチからPythonも習得しました。これは技術者と専門的な共通言語をもつための努力ではありましたが、それ以上に、サトシの技術的成果がいかなるものだったかについて、深い理解を与えてくれました。 行き当たった“ある単語” 取材で試みたことのひとつは、これまで調べられてきた「容疑者リスト」からよりも広い視野で観察をすることでした。1990年代にデジタルマネーに興味をもつ暗号学者たちがたむろした掲示板にいた、一般参加者も含めたあらゆる人物を調べるべきだと考えたのです。 そこでわたしは、パリを拠点に活動する、プログラミングやコードの書式分析(言語スタイロメトリー/コードスタイロメトリー)の専門家たちと連携しました。専門家たちは以前に、匿名掲示板「QAnon」の背後にいるふたりを特定するという印象的な仕事をしていたチームです。わたしがやりたかったことのひとつは、その言語分析を数百〜数千人の参加者を含む人々に適用することでした。サトシの文章と90年代の掲示板参加者の文章を言語的に比較したり、変数名の付け方、インデントの仕方、コメントの書き方に至るまで、プログラミングコードの書き方の細かいクセを分析していきました。 その過程で明らかになったのは、日本の読者のみなさんがおそらく気になるであろう、「サトシ・ナカモト」は日本人なのか?という謎に対する答えです。結論からいえば、サトシが日本人である可能性は限りなく低いと思います。まずサトシの英語は、流暢で慣用的な、英語を第一言語として育ったネイティブレベルの完璧な文章でした。さらに、アメリカ英語では'optimize(最適化する)'や'color(色)'と書くところを、'optimise'や'colour'と記述しており、イギリス英語の特徴が見られました。 また、フォーラムやメールを投稿した時刻のパターンを分析して、サトシの居住地域や生活パターンを推測する、タイムスタンプ分析による調査も決定的でした。コミュニティメンバーがサトシの500以上のフォーラム投稿の時間を調べたところ、英国時間で午前5時から11時まで投稿が激減するパターンが見つかりました。これは土日でも変わることはなく、彼がその時間帯に寝ていることを示唆していました。そしてこの時間は、米東海岸の真夜中〜午前6時に相当します。これらの証拠から、サトシは日系米国人、日系カナダ人、または日系英国人である可能性が高いと判断しました。2014年のニューズウィーク事件で追われた「ドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモト」も、まさにこのカテゴリーに該当していました。 しかし、わたしの調査における最も劇的な発見は、ひとつの極めて稀な単語から始まりました。サトシはとても平易なスタイルで書き、珍しい単語は使いませんでした。そこで、わたしは彼のすべての著作を調べ、珍しい単語を使った数少ない例を書き留めていきました。そのなかのひとつが”fensible”という単語でした。「囲いをすることができる」という意味で、盗品を売ることを指す言葉として使われますが、極めて珍しい単語(用法)です。 わたしは、サトシが現れた可能性の高い1990年代の掲示板投稿をすべて調べ直しました。すると、その単語がある掲示板で一度だけ使われていることを発見しました。”fensible”を使ったのはジェームズ・ドナルドという男性で、2008年にサトシがビットコインを発表したときに最初に応答した人物でした。 ついにサトシを見つけた!? ジェームズ・ドナルドは非常に興味深い候補者でした。彼はサトシになるために必要なすべてのスキルをもっていましたし、政治的立場、場所、時間、さまざまな点でサトシの行動と一致していました。ビットコイン誕生前のデジタルキャッシュの議論に深くかかわってもいました。そして何より、彼も非常に隠遁的で、どこにいるのか、生きているのか、何者なのかがわかりませんでした。 わたしの興奮は最高潮に達しました。「ついにサトシを見つけた」と思ったからです。彼の居住地はオーストラリアでした。37時間かけてオーストラリアまで飛び、さらに1時間運転して彼の住む小さな村を見つけました。 わたしは、誰かの家に突然アポなしで訪ねることを好みません。いうまでもなく無礼なことですからね。しかも彼はネット上ではしばしば攻撃的な発言をしていたので、とても緊張しました。「ドアをノックして軽く話をするだけだ」と自分に言い聞かせ、真実を知りたい一心で彼を訪ねました。 ポーチで対面したドナルドは、わたしが思っていたサトシの人物像と大きくかけ離れていました。サトシ・ナカモトは、コミュニケーションのなかで熱意や共感を示すことができる、かなり正常な感情範囲をもつ「普通の人」のように思えました。たまに短気になることもありましたが、それでも普通の人物でした。 一方、ジェームズ・ドナルドは淡々として感情の起伏がない、あるいは感情表現に乏しい性格のもち主でした。ジェームズ・ドナルドは多くの条件を満たしていましたが、性格が、サトシとは根本的に異なっていたのです。 わたしはジェームズ・ドナルドをサトシ・ナカモトの候補から除外しました。しかし、この経験はわたしにとって重要な転換点となりました。わたしは当初、「サトシが名乗り出ないのは自分の身を案じているからだ」と思っていました。しかし、仮にサトシがジェームズ・ドナルドのような人物だとしたら、別の理由が見えてきます。 ドナルドは普段から非常に攻撃的な意見をブログで発信している人物でした。その一方で自分の身元については極めて慎重で、フルネームを絶対に公開しません。自分のパーソナリティが表に出ることは、ビットコインの評判にとって不利益となることを自覚しているからこそ、サトシは徹底的に姿を隠しているのではないか……。 結果的にドナルドはサトシではないと判断しましたが、「サトシ」は必ずしもみんなが神格化して語るような、理想主義的な善人ではない可能性もあります。彼が姿を隠すのは、もっと複雑で、場合によっては好ましくない理由があるからかもしれない。そうした視点を得ることができたのです。 このデジタル時代に、15年間も完全に匿名性を保つなど、まさに奇跡のような話です。通常なら必ず残る「デジタルの足跡」が、サトシの場合は皆無だからです。驚くべきは、サトシがその完璧な秘密保持を、08年にビットコインを発表したその日から既に実践していた点です。 当時、ビットコインは失敗の可能性が高い、実験的で、アンダーグラウンドなプロジェクトに過ぎませんでした。1カ月後にはあえなく終わってしまう可能性だってありました。そんなものに、これほどまでに慎重に、完璧な匿名性を担保したのはなぜでしょうか? そしてなぜ、これほどまでの技術をもっているのでしょうか。 わたしたちの想像をはるかに超えた、極めて用心深い人物だという可能性もありますが、最終的にはある可能性も考慮せざるをえません。完璧な秘密保持が職業的習性の人々、つまり諜報機関の関係者という可能性です。これを言うたびに、わたしは陰謀論者の領域に足を踏み入れたような気分になります。わたしは陰謀論を好まないし、陰謀論者でもありません。しかし、誰が「Day 1」から完璧に匿名でいる能力と動機をもつでしょうか? これまで調査してきた有名な暗号学者たちはみな、サトシではありませんでした。普通に考えられる候補者たちがすべて除外されたいま、どんなに突飛に思えても、残された可能性のなかで真剣に考えざるをえません。 「真実でないものをすべて取り除いた先で、最後に残ったもの。どれほど信じがたくても、それが真実である」 わたしはシャーロック・ホームズのこの有名な言葉を思い出します。 サトシに会えたら訊きたいこと もし、サトシ・ナカモト本人にインタビューできるとしたら、聞きたいことは山ほどあります。「この14年間、何をしていたのか」「なぜあのときプロジェクトを去ったのか」「なぜ金も手柄も手をつけないままなのか」「どのようにあの完全な匿名性を実現したのか」「結婚しているのか」「子どもはいるのか」──。そして、「いまのビットコインをどう思うか」。 政府や銀行に支配されない、真に自由で公正な通貨システム。それがサトシやテックリバタリアンたちがビットコインに見た夢でした。しかし現在、ビットコインは投機的価値ばかりが見い出され、極めて不安定な「デジタルゴールド」のような価値の保存手段として機能しています。こうした理想と現実のギャップに何を思うのか。 最も献身的なビットコイン開発者のひとり、ジェフ・ガルジックはこう言いました。「わたしたちは『サトシ・ナカモトが誰か』など、本当にどうだっていいのです。重要なのはコードの背後にいる個人ではなく、コードそのものです。ビットコイン愛好家が盗まれ、騙され、見捨てられてきた現実に行き着いたとしても、コードだけは真実であり続けました」 ビットコインの技術自体は依然として難攻不落です。ハッキングされるのは周辺の取引所や企業であって、ビットコインのプロトコル自体はいまだ破られていません。コードこそが、実はサトシ・ナカモトが残した唯一の真実かもしれません。 そうした観点に対してさらなる疑問や好奇心をもったり、知識や真実を追求することは、決して間違っていないとわたしは考えています。わたしは知りたい。何でもいいから、その奥にある何かを知りたいのです。そして、その答えがどのようなものであれ、わたしたちの世界を理解するうえで重要な意味をもつはずです。 (Edited by Tomonari Cotani) ※『WIRED』によるサトシ・ナカモトの関連記事はこちら。 Related Articles 「サトシ・ナカモト」であると“暴かれた”ピーター・トッド、身を隠す 「サトシ・ナカモト」探し再び。ビットコインの生みの親は結局、誰なのか? 自称サトシ・ナカモトは「証拠を大量に偽造していた」、英国の高等法院が認定
ビットコイン / Bitcoin カルチャー(文化) / Culture 暗号通貨(暗号資産、仮想通貨) / Cryptocurrency 本 / Book



